上杉圭祐はGAS BOYSのレジェンドMC!hitomiとの結婚・離婚と現在の生活を徹底解説

上杉圭祐はGAS BOYSのレジェンドMC!hitomiとの結婚・離婚と現在の生活を徹底解説

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上杉圭祐さんといえば、歌手・hitomiさんの最初の旦那として知られる人物ですよね。

でも実は、音楽ファンの間では「GAS BOYS(ガスボーイズ)」のMCとして、Dragon AshやRIZEのミクスチャーブームを10年以上先取りしたレジェンドとして語り継がれているんです。

結婚5年で離婚した2人の間には、「俺はお前のマネージャーじゃない」というあの決定的な一言があったと言われています。

この記事を読むとわかること
・上杉圭祐のプロフィールとGAS BOYSの伝説的な活動内容
・hitomiとの馴れ初め・結婚・離婚原因の詳細
・現在の活動状況と実弟DJ SHUNとの関係

上杉圭祐のプロフィールとhitomiとの結婚・離婚

上杉圭祐さんといえば、伝説的ミクスチャーバンド「GAS BOYS」のMCとして一部の音楽ファンには熱く支持された存在です。

そして歌手のhitomiさんの最初の旦那としても広く知られていますよね。

ここでは上杉圭祐さんのプロフィールや経歴、GAS BOYSでの活躍、hitomiさんとの結婚と離婚の詳細について、詳しくまとめていきます。

プロフィールと出身・経歴

上杉圭祐さんの基本プロフィールをまとめると以下のようになります。

項目 内容
本名 上杉圭祐(うえすぎ けいすけ)
生年月日 1969年8月9日
出身地 千葉県
職業(音楽活動時) ミクスチャーバンド「GAS BOYS」MC
婚歴 hitomiと2002年結婚→2007年離婚
子供 なし

上杉圭祐さんは1969年8月9日に千葉県で生まれました。

現在は56歳(2026年時点)ということになりますね。

音楽活動においては、日本のヒップホップ・ミクスチャーシーンの先駆けともいえるバンド「GAS BOYS(ガスボーイズ)」のMCとして活躍していました。

このGAS BOYSは後述しますが、Dragon AshやRIZEなど90年代後半〜2000年代のミクスチャーブームを10年以上先取りした「伝説のバンド」として、今なお音楽ファンの間で語り継がれている存在です。

音楽活動引退後は、hitomiさんとの結婚当時はデザイン会社に勤務していたというのが各メディアの報道でも確認できます。

その後、会社を退職し、花のデザイナーに売る卸会社の広報担当として働いていたとも語っており、音楽とは少し縁のある仕事をされていたようです(2011年のZERO MAGAZINEのインタビュー情報)。

一般人として生活しているため、現在の詳細な情報は非常に限られていますが、音楽ファンの間ではいまでも「上杉さんはどこで何をしてるんだろう」と話題になることが多い人物です。

GAS BOYSでの活動と伝説的評価

上杉圭祐さんを語る上で欠かせないのが、「GAS BOYS(ガスボーイズ)」での音楽活動です。

GAS BOYSは1988年に千葉県柏市で結成されたヒップホップ・ミクスチャーバンド。

上杉圭祐さんと今井タカシさんが小学校の同級生として意気投合し、結成したというのがはじまりです。

1991年には須永辰緒プロデュースのミニアルバム「キョーレツ オゲレツ レッツ ゲットイル!!」でCDデビュー。

バンドの構成はギター・ベース・ドラムの3ピースバンドに2MC・1DJというスタイルで、この構成こそが当時の日本音楽シーンでは非常に斬新なものでした。

GAS BOYSのディスコグラフィ

GAS BOYSが残した作品群を年表で確認するとよりその伝説的な活動の足跡が見えてきます。

作品 レーベル
1991年 ミニ・アルバム「キョーレツ オゲレツ レッツ ゲット イル!!」 Fish Bed Internet
1992年 シングル「公衆ベンジョ。」(Cocobat共作) 日本コロムビア
1993年 アルバム「バカ&シロート」(メジャーデビュー) 日本コロムビア
1994年 アルバム「GAS」 日本コロムビア
1995年 アルバム「三日月」 ポニーキャニオン
1996年 ミニ・アルバム「Lights」、シングル「黄昏モード」 ポニーキャニオン

1992年には、あのビースティ・ボーイズの来日公演(CLUB CITTA’)でGAS BOYSが前座を務めたというエピソードも残っています。

これ、知ったときに「え、それはすごい!」ってなりませんでしたか?

当時の日本のインディーズバンドがビースティ・ボーイズの前座を任されるって、かなり高い評価を受けていた証拠ですよね。

Dragon AshやRIZEがブレイクしたのが1990年代後半〜2000年代。それを10年以上先取りするようなスタイルで活動していたGAS BOYSが「早すぎたバンド」と呼ばれるのも納得です。

つまり、GAS BOYSは当時の日本の音楽シーンでは時代が追いつかなかった、本物の先駆者だったといえます。

ラッパーの宇多丸さん(ライムスター)が、上杉圭祐さんの書いた「臭いものにはふたをして、時々開けて楽しむんだ」というリリックを聞いて「天才だと思った」と語っていたとのエピソードもあるほど。

音楽的なセンスは業界内でも非常に高い評価を受けていたんですね。

2015年にはGAS BOYSのメンバー・ギター男さんが急性心不全で47歳という若さで亡くなってしまい、上杉圭祐さんを含むメンバーたちは「さらばギター男地獄で死んでろ」という追悼ライブを開催しています。

その後も2022年には「ギター男さん楽しい8回忌」と題したイベントが開催されており、メンバー同士の絆は今も続いているようです。

hitomiとの馴れ初めと結婚のきっかけ

上杉圭祐さんとhitomiさんの馴れ初めは、かなり長い伏線があった珍しいパターンです。

2人の出会いはhitomiさんがまだメジャーデビューする前、10代の頃にまで遡ります。

hitomiのプロフィール

ここで少しだけhitomiさんのプロフィールを確認しておきましょう。

項目 内容
本名 古谷仁美(ふるや ひとみ)
生年月日 1976年1月26日
出身地 栃木県生まれ、神奈川県川崎市育ち
身長 167cm
血液型 B型

hitomiさんは1994年に小室哲哉さんプロデュースのシングル「Let’s Play Winter」で歌手デビューを果たした人物。

1996年のアルバム「by myself」ではオリコンチャート1位を獲得し、80万枚を売り上げる大ヒットに。

2000年にはシドニーオリンピックの女子マラソンで金メダルを獲得した高橋尚子さんが、レース前に聴く曲としてhitomiさんの「LOVE 2000」を挙げたことで話題になりましたよね。

そんな絶頂期にあったhitomiさんが、上杉圭祐さんと再会したのが2002年のこと。

hitomiさんがまだ10代だった頃から友人関係にあった2人ですが、hitomiさんが歌手として大ブレイクした2002年に偶然の再会を果たし、意気投合して交際に発展。

その年のうちにスピード婚を決断し、2002年11月3日に正式に入籍しています。

結婚を発表した当時、上杉圭祐さんはすでにGAS BOYSでの活動は終えており、デザイン会社に勤めるサラリーマンとして働いていました。

hitomiさんがインタビューで語った「向かう方向は違うけど、玄関が一緒だ」という言葉が当時話題になりました。

音楽で活躍し続けるhitomiさんと、音楽から離れて一般社会に身を置いていた上杉圭祐さん。

生き方は違えど、根っこの部分で通じ合っていたからこそ惹かれ合ったのかもしれませんね。

夫婦間に子供はいなかった理由

上杉圭祐さんとhitomiさんの間には、子供は生まれませんでした。

5年という婚姻期間があったにもかかわらず子供がいなかったことについては、いくつかの背景があります。

hitomiさんは2002年、ちょうど結婚した年に卵巣腫瘍を患い、摘出手術を受けています。

手術後、医師から「子供はできにくいかもしれない」と告げられていたとhitomiさん本人がブログで明かしています。

ただし、その後hitomiさんは2人目の旦那・羽田昌義さんとの間に女の子を授かり、3人目の旦那との間には男の子を3人産んでいます。

つまり、上杉圭祐さんとhitomiさんの間に子供がいなかったのは、卵巣腫瘍の影響だけが理由ではなかった可能性が高いです。

夫婦の関係が徐々にすれ違うようになっていく中で、子供をつくるタイミングや環境が整わなかったのかもしれません。

また、上杉圭祐さん自身の音楽活動が終わり、職場や生活環境が変化する中で、2人の生活にはさまざまなズレが生じていたとも考えられます。

子供がいれば踏み止まれていたかどうかはわかりませんが、今となっては知る由もありませんよね。

hitomiとの離婚原因と決定的な一言

上杉圭祐さんとhitomiさんは2002年の結婚から約5年後の2007年秋に離婚を発表しています。

当時、hitomiさんの事務所からは「結婚生活に確執が生じた」という短いコメントが発表されました。

その後、hitomiさん本人が明かした離婚の理由は「価値観のズレ」と「すれ違いの生活」というものでした。

「俺はお前のマネージャーじゃない」発言の真相

離婚原因の詳細として、特に知られているのが上杉圭祐さんとのある言い争いのエピソードです。

hitomiさんが2013年にテレビ番組に出演した際、元夫に言われて腹が立った行動として語ったのが、料理写真をブログにアップする際のいさかい。

当時まだ珍しかったブログで料理写真を公開することをhitomiさんが習慣にしていたところ、上杉圭祐さんはそれを嫌がったといいます。

hitomiさんは「手早くはしてるんですけどね」と釈明しながらも、「だったら言わしてもらうけど、『あたしはあんたのお母さんじゃないのよ!』と言いたくなる瞬間もあるし、お互い様じゃん!って」と語り気を荒げるシーンも。

そして決定的だったのが、上杉圭祐さんが口にした「俺はお前のマネージャーじゃない」という一言。

この言葉がhitomiさんが離婚を決意した大きなきっかけになったとされています。

当時のhitomiさんは芸能界の第一線で活躍していたのに対し、上杉圭祐さんはプロのミュージシャンとしての活動をすでに終えており、一般の会社員として働いていました。

同じ音楽の世界にいた者同士だからこそ通じ合えると思っていた部分が、時が経つにつれて逆に埋めがたい溝になってしまったのかもしれません。

価値観のズレというのは一度のケンカで生まれるのではなく、小さなすれ違いが積み重なって気づいたときには修復できない状態になっているもの。そういう意味では2人の別れは必然だったともいえるでしょう。

上杉圭祐を調べる人向けの関連情報

上杉圭祐さんの現在の様子や、ご兄弟について気になっている方も多いですよね。

こちらでは、上杉圭祐さんの近況や家族についての情報をまとめています。

現在は音楽から離れ一般人として生活

上杉圭祐さんは現在、プロのミュージシャンとしての活動はされていません。

2007年のhitomiさんとの離婚後も、表舞台に登場することはほとんどなく、一般の方として静かに生活されているようです。

2011年にウェブメディアの取材を受けた際、上杉圭祐さんは「僕はいつでも元気です」とコメントしており、少なくともその時点では健在であることが確認されています。

当時のインタビューによると、デザイン会社を退職した後、花のデザイナー向けの卸会社で広報担当として働いていたとのこと。

音楽の世界から距離を置きながらも、デザインや花といったクリエイティブな分野に関わり続けていた点は、アーティストとしての感性が生き続けている証のように感じられますね。

また、soundcloudにMIXをアップしたり、「monk beat」というバンドで細々と音楽活動を続けていたとの情報もあります。

スローペースながらも、完全に音楽と縁を切ったわけではなかったようです。

2015年にはGAS BOYSのメンバーだったギター男さんが急性心不全で急逝したことを受け、追悼イベント「さらばギター男地獄で死んでろ」の発起人として活動が確認されています。

2016年には「電撃ネットワーク」のギュウゾウさんが、結婚式の場で上杉圭祐さんとのツーショット写真をX(旧Twitter)に投稿。

「武藤の結婚式にてGASBOYSの上杉」という投稿とともに公開されたその写真では、若い頃と変わらずかっこいい姿が確認できたということで、当時ファンの間で話題になりました。

現在の詳細な活動情報は明らかになっていませんが、一般人として充実した生活を送っていると思われます。

芸能界とは距離を置いているからこそ、ネット上ではたびたびその名前が上がり、「上杉さんは今どこで何をしてるんだろう」と気にかけるファンがいる。それもまた、GAS BOYSや上杉圭祐さんという存在が今も多くの人の記憶に残っている証なのでしょう。

実弟DJ SHUNはスケボーキングのメンバー

上杉圭祐さんには実弟がいます。

それがミクスチャーロックバンド「スケボーキング(SBK)」のメンバーとして活動していたDJ SHUNさんです。

項目 内容
芸名 DJ SHUN
上杉圭祐
所属バンド スケボーキング(SBK)
担当 ボーカル(低音)、シンセサイザー

スケボーキング(SBK)は1995年結成のミクスチャーロックバンドで、2000年1月にメジャーデビューを果たした実力派グループ。

Dragon AshやRIZEと同世代の「90年代〜00年代ミクスチャーシーン」を支えた存在として知られています。

兄の上杉圭祐さんがGAS BOYSで「ミクスチャーの先駆け」として活動し、弟のDJ SHUNさんがスケボーキングで同ジャンルで活躍するという、まさに兄弟そろってミクスチャー音楽の歴史に名を刻んだ家系といえます。

バンドは2010年に解散ライブ「EPISODES」をもって解散しましたが、2020年に再始動を果たしています。

再始動後の活動は音楽ファンの間で大きな反響を呼び、長年待ち望んでいたファンが多かったことがよくわかりますよね。

兄・上杉圭祐さんが表舞台から離れた一方、弟・DJ SHUNさんは再始動という形で音楽活動を継続しているわけで、兄弟それぞれの生き方がとても対照的で興味深いですね。

兄弟そろってミクスチャー音楽という同じ土俵で生きてきたという事実は、家庭環境や音楽的な影響が色濃く反映されているのだろうと感じます。

上杉圭祐のまとめ

  • 上杉圭祐は1969年8月9日生まれ、千葉県出身のミュージシャン
  • 伝説的ミクスチャーバンド「GAS BOYS(ガスボーイズ)」のMCとして活躍した
  • GAS BOYSは1988年千葉県柏市で結成、Dragon AshやRIZEより10年以上早くミクスチャースタイルを確立
  • 1992年にはビースティ・ボーイズの来日公演でGAS BOYSが前座を務めた
  • ラッパーの宇多丸が上杉圭祐のリリックを聴いて「天才だと思った」と語ったほどの実力者
  • 歌手・hitomiと2002年11月3日に結婚した(hitomiより7歳年上)
  • 2人はhitomiのメジャーデビュー前から友人関係にあり、2002年の再会でスピード婚に至った
  • 結婚当時、上杉圭祐はGAS BOYSを離れデザイン会社に勤めていた
  • hitomiとの間に子供はいなかった(hitomiは2002年に卵巣腫瘍の手術を受けていた)
  • 2007年秋に離婚。原因は「価値観のズレ」と「すれ違いの生活」とされる
  • 「俺はお前のマネージャーじゃない」という言葉がhitomiが離婚を決意した決定打になったとされる
  • 離婚後はプロミュージシャンとしての活動はなく、一般人として生活中
  • 2011年のインタビュー時点で花のデザイナー向け卸会社の広報担当として勤務していた
  • 実弟はスケボーキング(SBK)のメンバー・DJ SHUN
  • 2015年にGAS BOYSメンバー・ギター男の追悼ライブの発起人として活動が確認されている

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