おニャン子クラブの嫌われ者は誰?不仲の真相と沖縄ロケ事件を徹底解説

おニャン子クラブの嫌われ者は誰?不仲の真相と沖縄ロケ事件を徹底解説

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おニャン子クラブといえば、1980年代に日本を席巻した伝説のアイドルグループです。

でも実は「嫌われ者」や「不仲」の噂が絶えなかったことをご存じでしょうか。新田恵利さんと国生さゆりさんが「いじめた」「人望がなかった」と公開バトルを繰り広げたエピソードは、知れば知るほど驚きますよ。

今回は嫌われ者とされたメンバーの真相から、不仲の発端となった沖縄ロケ事件まで、グループ内の人間関係を徹底的に掘り下げていきます。

この記事を読むとわかること
・おニャン子クラブで嫌われ者と噂されたメンバーとその理由
・新田恵利と国生さゆりの不仲が生まれた「沖縄ロケ事件」の詳細
・グループ内のいじめ・派閥の噂と現在のメンバー関係

おニャン子クラブの嫌われ者と不仲メンバーの真相

おニャン子クラブと言えば、1980年代に日本を席巻した伝説のアイドルグループですよね。でも華やかな活動の裏側には、グループ内の人間関係にまつわるさまざまな噂があったのも事実です。

今回は「嫌われ者」と噂されたメンバーや、実際に不仲だったと告白されたエピソードを詳しく掘り下げていきます。

嫌われ者と噂されたのは誰か

おニャン子クラブには55名以上ものメンバーが在籍していたため、なにかと「嫌われ者」「不仲」といった噂が絶えませんでした。

実際にネット上や当時のファンの間で「嫌われ者」として名前が挙がっているメンバーは主に2〜3人です。

ただ、大事なのは「ファンや視聴者が嫌った」のか「グループ内メンバーに嫌われた」のかを区別することでして、両者は必ずしも一致しないんですよね。

名前 嫌われ者と言われた理由 実際の関係
渡辺美奈代さん ぶりっ子キャラが視聴者女性に不評 グループ内では岩井由紀子さんと仲良し
工藤静香さん 個性的キャラに反感を持つ人も 生稲晃子さん・斉藤満喜子さんと今も交流あり
高井麻巳子さん 秋元康さんとの関係でえこひいき説 岩井由紀子さんとは仕事上の軋轢があった

「おニャン子クラブ嫌われ者」という噂の多くは、メンバー内部の話というよりもファンや視聴者目線の評価によるものが大きく、実際のグループ内の人間関係とは異なるケースがほとんどです。

渡辺美奈代のぶりっ子キャラが嫌われた理由

おニャン子クラブ嫌われ者の話題で必ず名前が出るのが、渡辺美奈代さんです。

渡辺さんが嫌われた最大の理由とされているのが、その徹底した「ぶりっ子キャラ」でした。

当時の番組出演中、ターンするときに意図的に勢いよく回り、スカートが翻るような動きをしていたとも言われており、男性視聴者からは絶大な支持を集める一方、女性視聴者からはかなり嫌われていたというのが当時の評価です。

いわゆる「男ウケ狙い」に見える行動が、女性ファンの反感を買ってしまったわけですね。

ただ面白いことに、グループ内での渡辺さんの人間関係は意外とシンプルで、同じメンバーの岩井由紀子さんとは子育てについて連絡を取り合うほど親しかったと伝えられています。

おニャン子クラブ卒業後も続く友情があるくらいですから、「嫌われ者」というのはあくまでも外側から見た評価であって、内部では普通に仲良くやっていたメンバーもいたわけです。

渡辺美奈代さんが「嫌われ者」と噂されたのは主に女性ファン・視聴者からの評価であり、グループ内では仲の良いメンバーも複数いたことがわかっています。

工藤静香への誤解と実際のメンバー仲

おニャン子クラブの嫌われ者として渡辺美奈代さんと並んでよく名前が出るのが、木村拓哉さんの奥さんとして今も著名な工藤静香さんです。

工藤さんがおニャン子クラブに加入したのは1986年5月。会員番号38番の比較的後発のメンバーでした。

おニャン子クラブ在籍時の工藤さんは、当時はまだそこまでの人気を誇っていたわけではなく、どちらかというと個性の強いキャラクターで目立つ存在でした。

「ヤンキーキャラ」や「バカキャラ」と評されることもあり、この強烈な個性に対して「好き」という人もいれば「苦手」という人もいた、ということのようです。

しかし実際のグループ内での工藤さんの人間関係はどうだったかというと、同じグループ内ユニット「うしろ髪ひかれ隊」を組んでいた生稲晃子さんや斉藤満喜子さんとは現在も交流が続いているほど仲が良かったとされています。

「うしろ髪ひかれ隊」という同じユニットで活動していた絆は、解散から何十年が経った今も続いているわけですから、少なくともユニットメンバーとの仲は非常に良好だったと言っていいでしょう。

工藤さんがグループ内で「嫌われていた」という証拠となる具体的な証言は特になく、「嫌われ者」という噂は、強烈な個性が人によっては刺さった結果生まれた外部からのイメージであり、実態とはかなりかけ離れている可能性が高いです。

高井麻巳子と秋元康の関係が生んだ嫌われ者説

高井麻巳子さんといえば、おニャン子クラブの中でも屈指の人気と実力を誇ったメンバーです。

会員番号16番で、ソロデビュー曲「シンデレラたちへの伝言」はオリコン初登場1位を獲得。「うしろゆびさされ組」での活動でも絶大な人気を誇り、清純派アイドルの象徴的存在として知られていました。

そんな高井さんが「嫌われ者」と噂されるようになった大きな理由のひとつが、秋元康さんとの関係です。

高井さんは1988年に当時おニャン子クラブのプロデューサー的存在だった秋元康さんと結婚しました。

当時のファンや一部のメンバーにとって「おニャン子クラブを裏で動かしていたプロデューサーと結婚した」という事実は、「在籍中から特別扱いされていたのでは?」という疑念を生む素地になったわけです。

実際に同じユニット「うしろゆびさされ組」を組んでいた岩井由紀子さんは、後に「当時高井さん中心でスケジュールが組まれ始めたことに対してストレスが増大していた」とも語っており(詳しくは後述)、スケジュール管理面での優遇があったように感じていたことは事実のようです。

ただし、高井さんが実際にえこひいきされていたのかどうかについては確認できる情報がなく、秋元康さんとの交際が裏でどう影響していたかは、今となっては本人たちにしかわかりません。

高井麻巳子さんの「嫌われ者説」は、秋元康さんとの結婚を端緒とする「えこひいき」疑惑が根拠ですが、実際にえこひいきがあったかどうかは不明であり、あくまでも憶測の域を出ていません。

新田恵利と国生さゆりの不仲エピソード

おニャン子クラブの不仲エピソードの中で、最も有名かつ本人たちによって明確に認められているのが、新田恵利さんと国生さゆりさんの関係です。

新田さんはおニャン子クラブで「冬のオペラグラス」が30万枚のヒットを記録し、トップアイドルとなった人気メンバー。国生さゆりさんは「バレンタイン・キッス」で知られ、年上・既卒メンバーとしてリーダー的な立場にあった人物です。

この二人、人気投票では常に1位・2位を争う良きライバルだったわけですが、裏では相当険悪な関係だったと、後に本人たちが告白しています。

不仲のきっかけは「沖縄ロケ」でのある出来事でした。

沖縄ロケでのビキニ事件

沖縄ロケに臨んだ新田さんは、スタッフから「ワンピース型の水着を着る」と聞かされていたにも関わらず、実際に用意されていたのはビキニでした。

「聞いていた話と違う」と納得できなかった新田さんがスタッフに抗議して時間を使ってしまったところ、国生さゆりさんから「あんたがやんなきゃ始まんないんだよ!」と怒鳴られたというのが、不仲の発端とされるエピソードです。

新田さん本人は後にテレビ番組でこの出来事を詳しく語っており、「午前中をつぶしてしまった」という事実もあいまって、その日の撮影の雰囲気がかなり悪くなったことが伝わってきます。

それ以来、二人の関係は修復されることなく解散まで続いたとのこと。

ダウンタウンDXでのバトル

2016年9月、日本テレビ系「ダウンタウンDX」に共演した際、二人の不仲は改めてテレビの前で明らかになりました。

MCのダウンタウンから不仲について問われた国生さんは「正直、あんまり仲良くないです」とあっさり認め、新田さんの名前を出してソロデビュー時のコーラス拒否問題なども暴露。

これに対し新田さんは「わたし、何にもしてないのにさゆりちゃんがみんなでいじめたんじゃんか!」と反論し、国生さんが「あたしのせいじゃなくて恵利ちゃんに人望がなかっただけ!」とぶった切るなど、共演者が「怖い」と声をあげるほどのバトルを繰り広げました。

ここまで本音をぶつけ合うのは、それだけ当時の関係が深刻だったということの証明でもあります。

現在は和解している経緯

そんな犬猿の仲だった二人ですが、現在は和解しているようです。

和解のきっかけはおニャン子クラブメンバー11人で出演した缶コーヒーのCMとされており、2010年7月には東京・有楽町のディスコに二人でサプライズ登場し、その後の仲も改善されていきました。

新田恵利さんと国生さゆりさんの不仲は、おニャン子クラブ内で唯一、本人たちが公に認めた確かな不仲であり、沖縄ロケをきっかけに解散まで続いた深刻なものでした。ただし現在は和解しており、良い関係を築いています。

喫煙事件がグループ内にもたらした亀裂

おニャン子クラブのグループ内の亀裂を語るうえで欠かせないのが、「週刊文春喫煙事件」です。

1985年、グループ活動がスタートしてからわずか2週間ほど経ったころ、当時未成年だったメンバー6人が、番組の生放送終了後にフジテレビ近くの喫茶店で喫煙しているところを週刊文春にスクープされました。

問題の6人は以下のメンバーです。

会員番号 名前
1番 奥田美香さん
2番 榎田道子さん
3番 吉野佳代子さん
6番 樹原亜紀さん
7番 友田麻美子さん
10番 佐藤真由美さん

この6人のうち、樹原亜紀さんを除く5人が1週間後に正式に解雇となりました。なぜか樹原亜紀さんだけは写真にしっかり写っていたにもかかわらず、降板から十数日後に番組に復帰しており、この謎は現在でも解明されていません。

この喫煙事件は「一軍メンバー」「二軍メンバー」という区別が内部にあったことを示唆するとも言われており、そこから派閥の噂が生まれた一因になったとされています。

ただ実際のところ、喫煙事件から直接的ないじめや派閥争いが起きたかどうかを裏付ける証言は出ていません。大人数の女性集団が華やかな活動を続けるなかでの「一軍・二軍」的な序列感は、ある程度は自然に生まれていた可能性があります。

喫煙事件はおニャン子クラブ初期の大スキャンダルであり、グループ内の見えない序列や派閥の噂が生まれるきっかけになったと考えられますが、直接的ないじめを裏付ける証言はありません。

中森明菜はおニャン子クラブを嫌っていた?

「おニャン子クラブを嫌っていた」という話で、グループ外から最も有名なのが中森明菜さんのエピソードです。

中森さんは1980年代に「スロー・モーション」「DESIRE -情熱-」などのヒットで一時代を築いた大スター。プロとしての自負が強く、徹底した完璧主義で知られていた方です。

そんな中森さんが、アマチュア感覚で芸能活動をするおニャン子クラブを毛嫌いしていたのは、音楽関係者の間では有名な話だったようです。

当時の具体的なエピソードとして語られているのが、テレビ局の歌番組でニャンギラス(おニャン子クラブ内のユニット)と居合わせた際のこと。

中森さんは、ニャンギラスを同じレーベル(ワーナー・パイオニア)で担当していた自分のスタッフに対し「自分たちが世界の3大レーベルにいるという自負はないの?恥ずかしくないの?」と強い口調で叱責したと伝えられています。

おニャン子クラブのメンバーも当時このことを感じ取っていたようで、会員番号15番の立見里歌さんは「私たちは明菜ちゃんに嫌われていましたね。楽屋挨拶にうかがったとき、不機嫌そうな顔をされていました」と後に証言しています。

しかし立見さんは続けて「私は明菜ちゃんの大ファンだったからぜんぜん平気」とも語っており、メンバー側にはそこまでのわだかまりはなかったようです。

また、ワーナー・パイオニアの明菜担当チームはニャンギラスも担当していたため、明菜さんに知られないよう作曲家の名前を変名にしたり、クレジットを意図的に外したりするほどだったとも言われています。

中森明菜さんがおニャン子クラブを嫌っていたのは本人スタッフの証言からも裏付けられており、「素人集団」への反感が原因だったとされています。ただしおニャン子メンバー側には大きなわだかまりはなかったようです。

おニャン子クラブの嫌われ者を調べる人向けの関連情報

おニャン子クラブの嫌われ者や不仲にまつわる話、ここではさらに掘り下げた関連情報をまとめてお届けします。グループの全体像や現在の関係まで見ていきましょう。

岩井由紀子と高井麻巳子の不仲の真相

おニャン子クラブ内の不仲として、新田恵利さんと国生さゆりさんほど有名ではありませんが、岩井由紀子さんと高井麻巳子さんのケースも語られることがあります。

二人は「うしろゆびさされ組」というユニットを1985年に結成し、グループ内でも重要なポジションを担っていたコンビです。

ところが、1994年放送の「明石家電視台」に出演した岩井さんは、高井さんについて「仕事以外に接点がなく、あまり仲良くなかった」と語りました。

仲が悪くなった原因のひとつとして岩井さんが挙げたのが、高井さんが秋元康さんと交際し始めてから、高井さん中心でスケジュールが組まれるようになっていったことでした。

ユニットを組んでいながら自分よりもパートナーが優遇されていると感じるのは、確かにストレスがたまりますよね。

ただ岩井さん自身も「当時は私が子供だった」と振り返っており、大人になった今であれば普通に会話できると語っています。

時間が経って関係が整理されたということでしょうか。単純に仲が悪いというより、当時の環境が生んだ感情的なすれ違いだったようです。

岩井由紀子さんと高井麻巳子さんの不仲は、ユニット活動中のスケジュール上の優遇感に端を発したもので、現在は「普通に話せる」レベルまで関係が落ち着いています。

グループ内にいじめや派閥はあったのか

おニャン子クラブのいじめや派閥については、さまざまな憶測が飛び交っています。

実際に「派閥があった」「いじめがあった」と明言しているメンバーはほとんどいませんが、状況証拠的なエピソードはいくつか語られています。

まず新田恵利さんがテレビ番組で語った「コーラスをしてもらえなかった」というエピソード。ソロで「真っ赤な自転車」を歌う際、他のメンバーがコーラスを担当するはずが、それをしてもらえなかったというものです。

新田さんはこれを「いじめられた」と捉え、国生さゆりさんは「人望がなかっただけ」と言っており、事実がどちらの解釈に近いかは今となってはわかりません。

派閥については、喫煙事件で解雇された6人が「一軍メンバー」と呼ばれていたことが、グループ内に序列的なものがあったことを示唆しています。

ただ実際のところ、55名以上の大所帯で、しかも多くが現役学生という状況では、グループ全員が均等に仲良くすること自体が難しかったとも言えますよね。

おニャン子クラブ内のいじめや派閥については、複数のエピソードが語られているものの、組織的なものだったという確証はなく、大人数グループで自然に生まれた人間関係の摩擦の域を出ないと考えられます。

世間のおニャン子クラブへの評価と声

おニャン子クラブは「素人集団」として売り出されましたが、その革新的なアプローチはアイドル界に大きな変革をもたらしました。

「同じクラスにいそうな子」というコンセプトは、それまでの「高嶺の花」的なアイドル像を根底から覆すものでした。

ナインティナインの岡村隆史さんと矢部浩之さんが高校生の頃、最初に交わした会話が「夕やけニャンニャン」についてだったというのは有名なエピソードです。当時の10代・20代の若者にどれだけの影響を与えていたかがわかりますよね。

一方で、中森明菜さんのように従来のアイドル・歌手像を大切にしていた方からすれば、おニャン子クラブの「素人感」は受け入れがたいものだったようです。

現在から振り返れば、おニャン子クラブの「コンセプト重視」「グループ内でのソロ活動」「メンバーの卒業制度」といった仕組みは、現代のAKB48などのグループアイドルの原型になったと評価されています。

嫌われ者の噂や不仲エピソードが後年も語り継がれるのは、それだけおニャン子クラブが当時の日本に深く刻まれた存在だったことの証左でもあります。

おニャン子クラブは当時の若者文化を席巻する一方で、プロフェッショナル志向の芸能人からは批判的な目で見られることもありました。それでもグループの影響力は時代を超えており、日本のアイドル史における重要な存在です。

再結成後のメンバー関係と現在

1985年4月に活動を開始し、1987年9月に解散したおニャン子クラブ。その後、元メンバーたちは歌手・女優・タレントとしてそれぞれ活動を続けていきました。

2002年には14名のメンバーが集まり、再結成を発表。新曲リリースやイベント、テレビ出演と精力的な活動を展開し、当時のファンを大いに沸かせました。

現在のメンバーたちの関係について言えば、国生さゆりさんは「月に1度、元メンバーと食事をする」と明かしており、解散から30年以上経った今も交流が続いています。

また、国生さゆりさんと激しくバトルした新田恵利さんとも、2010年の和解以来は良好な関係に戻ったとされています。

工藤静香さんは生稲晃子さん・斉藤満喜子さんとの交流が続いており、ユニットを超えた横のつながりも感じられます。

渡辺美奈代さんも岩井由紀子さんと子育ての話題で連絡を取り合っているとのことで、在籍時代にどんな関係だったとしても、現在は多くのメンバーが普通に交流できる関係を築いています。

もちろん全員が仲良しというわけではないでしょうし、今も複雑な感情を持っているメンバーがいる可能性はあります。でも少なくとも表に出てくる情報を見る限り、「今でも激しく険悪」というケースは少ないようです。

おニャン子クラブのメンバーたちは、在籍時代のさまざまな人間関係を乗り越え、現在は多くが良好な関係を維持しています。2002年の再結成を経て絆が深まったメンバーも少なくありません。

おニャン子クラブの嫌われ者のまとめ

  • おニャン子クラブの「嫌われ者」噂は、メンバー内部よりもファン・視聴者の評価による部分が大きい
  • 渡辺美奈代はぶりっ子キャラで女性視聴者から嫌われたが、グループ内では岩井由紀子と現在も交流がある
  • 工藤静香の「嫌われ者説」は外部イメージで、実際には生稲晃子・斉藤満喜子と現在も交流が続いている
  • 高井麻巳子の「嫌われ者説」は秋元康との結婚によるえこひいき疑惑に起因するが、確証はない
  • 新田恵利と国生さゆりの不仲はグループ内で唯一、本人たちが公に認めたケース
  • 不仲のきっかけは沖縄ロケでの水着をめぐる揉め事
  • 国生さゆりは新田恵利のソロデビュー時にコーラスを拒否したとされる
  • 2016年のダウンタウンDXで「いじめた」「人望がなかった」と公開バトルを繰り広げた
  • 現在は2010年の缶コーヒーCM共演を機に和解しており、良好な関係を築いている
  • 岩井由紀子と高井麻巳子はユニット仲間ながら「仕事以外は接点なし」の関係だった
  • 1985年の喫煙事件で6名が解雇となり、グループ内の序列感が表面化した
  • なぜか喫煙していた樹原亜紀だけが処分後に番組に復帰しており、その理由は今も不明
  • 中森明菜はおニャン子クラブを「恥ずかしい」と言うほど毛嫌いしていた
  • 会員番号15番の立見里歌が「明菜ちゃんに嫌われていた」と証言しているが、本人は「大ファンだったから平気」と語っている
  • 2002年に14名で再結成し、現在も多くのメンバーが良好な関係を維持している

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