小林武史さんといえば、Mr.ChildrenやMy Little Loverを手がけた日本を代表する音楽プロデューサーですよね。
そんな小林さんの妻はMy Little Loverのボーカル・akkoさんでしたが、実は歌手の一青窈さんとの不倫が原因で離婚しているんです。
結婚前には女優の松下由樹さんと8年間も交際していたというから、女性関係は相当波乱万丈だったようです。
・小林武史の元妻akkoとの結婚から離婚までの経緯
・一青窈との不倫の詳細と松下由樹との過去の交際
・娘の越野アンナ・HARUHIの現在とakkoの再婚相手
小林武史の妻はakkoで離婚原因は一青窈との不倫
音楽プロデューサーの小林武史さんの妻は、My Little Loverのボーカル・akkoさんでした。
1996年に結婚し、2人の娘にも恵まれましたが、歌手の一青窈さんとの不倫が原因で2008年に離婚しています。
ここでは、akkoさんとの馴れ初めから離婚に至るまでの経緯を詳しくまとめていきます。
元嫁akkoのプロフィールと経歴
小林武史さんの元嫁であるakkoさんは、本名を赤松亜希子さんといいます。
1973年1月10日生まれで、神奈川県伊勢原市の出身です。
血液型はAB型で、国立音楽大学を卒業しています。
5歳の頃からピアノを習っていたそうですが、中学から高校にかけては新体操に打ち込んでいたんですよね。
しかし、怪我をしたことや才能に限界を感じたことで新体操を断念し、ピアノの経験を活かして国立音楽大学に進学したという経緯があります。
音大を卒業した後、進路について知人に相談したところ、音楽プロデューサーの小林武史さんを紹介されたことが人生の転機となりました。
初対面で小林さんが手がけていたMr.Childrenのことを全く知らなかったというakkoさんに、小林さんは大爆笑したそうです。
しかし、その”知らなさ”がかえって新鮮だったのか、小林さんはakkoさんの声質と性格に惹かれたようです。
小林さん自身も後にこう振り返っています。
「シンプルな明るさを持ってる子だな、と。少年性みたいなのを感じた。低域から高域まで、にじんでるような声が面白いと思った」
こうしてakkoさんは小林さんのプロデュースのもと、1995年にMy Little Loverのボーカルとしてデビューすることになります。
akkoの出身と学歴の詳細
akkoさんの出身校である国立音楽大学は、東京都立川市にある私立の音楽大学です。
幼少期からピアノを習っていた素地があったとはいえ、音楽大学への進学は新体操を断念したことがきっかけだったわけです。
akkoさんは挫折を経て音楽の道に進んだ人であり、その経歴がMy Little Loverとしての活動の土台になっていたことがわかります。
My Little Loverでの出会いと結婚の経緯
小林武史さんとakkoさんの関係は、あくまで「プロデューサーとアーティスト」としてスタートしました。
1995年、小林さんはakkoさんとギタリストの藤井謙二さんとともにMy Little Loverを結成します。
デビューシングル「Man & Woman/My Painting」を経て、セカンドシングルの「Hello, Again ~昔からある場所~」が大ヒットを記録しました。
アルバム「evergreen」も含めて、My Little Loverは瞬く間にトップアーティストの仲間入りを果たします。
音楽面での相性はもちろんですが、公私ともに過ごす時間が増える中で、2人の距離は自然と縮まっていったのでしょう。
1996年、小林さんが37歳、akkoさんが23歳の時に結婚しました。
14歳の年齢差がありましたが、音楽を通じて結ばれた2人でした。
ただ、この結婚の裏で、小林さんにはそれまで8年間交際していた女優の松下由樹さんという恋人がいたんですよね。
松下さんとの関係については後ほど詳しく触れますが、akkoさんとの交際が深まったことで松下さんと破局しているのは事実です。
結婚した同年の1996年7月30日に長女が誕生し、1999年には次女も生まれました。
小林さんとakkoさんの結婚は、音楽プロデューサーとボーカリストという公私一体の関係から生まれたものでした。
ニューヨーク移住と夫婦のすれ違い
結婚後しばらくは順調だった小林武史さんとakkoさんですが、1998年に家族でニューヨークへ移住したことが、夫婦関係の転換点になりました。
ニューヨークでの生活は2002年頃まで続いたのですが、この時期に夫婦のすれ違いが深まっていったようです。
小林さんは日本の音楽シーンの第一線で活躍し続けており、Mr.Childrenやレミオロメンのプロデュースで多忙を極めていました。
一方のakkoさんは、異国の地で2人の幼い娘をほぼ一人で育てている状態だったんです。
……これは、なかなか大変だったでしょうね。
My Little Loverの活動も、akkoさんの産休や育児で休止と再開を繰り返す状況でした。
2002年に帰国した後も、2005年には2度目の活動休止に入っています。
小林さんの仕事は順調でしたが、夫婦としての時間や気持ちのつながりは、徐々に薄れていったのではないかと思われます。
ニューヨーク移住による物理的・心理的な距離が、その後の離婚の伏線になっていたと考えられます。
一青窈との不倫が離婚の決定打に
小林武史さんとakkoさんの結婚生活に決定的な亀裂を入れたのが、歌手の一青窈さんとの不倫関係でした。
一青窈さんと小林さんの出会いは、2005年に開催された「ap bank fes ’05」だったとされています。
ap bankは、小林さんが坂本龍一さん、Mr.Childrenの櫻井和寿さんとともに2003年に設立した環境プロジェクトで、毎年大規模な音楽フェスを開催していました。
フェスをきっかけに交流が生まれ、小林さんは一青窈さんの楽曲制作やプロデュースを手がけるようになったそうです。
そして2007年1月、小林さんと一青窈さんの不倫関係が週刊誌によって報じられました。
既婚者である人気プロデューサーと人気歌手の不倫は大きな話題となり、「略奪愛」として世間を騒がせることになりました。
妻のakkoさんとの間にはまだ小学生の娘が2人いたわけですから、衝撃は大きかったはずです。
そして不倫報道からちょうど1年後の2008年元日に、小林さんとakkoさんは正式に離婚届を提出しました。
2人の娘への影響
離婚時、長女はまだ11歳、次女は8歳でした。
子供たちの親権についての詳細は公表されていませんが、akkoさんが2人の娘を育てていったことがわかっています。
離婚後の姓が「越野」となっていることから(長女が越野アンナとして活動)、akkoさん側の姓を名乗っているようです。
一青窈さんとの不倫が離婚のきっかけとなりましたが、その背景にはニューヨーク生活以降の長期的なすれ違いがあったと言えるでしょう。
離婚後の一青窈との同棲と破局の結末
akkoさんとの離婚後、小林武史さんは一青窈さんとの交際を公然と続けることになりました。
2010年には2人が同棲していることが報じられています。
しかし、この同棲生活は決して穏やかなものではなかったようです。
報道によると、一青窈さんは結婚願望が非常に強く、子供も欲しがっていたとのこと。
一方の小林さんは、前妻akkoさんとの間に2人の娘がいることもあり、再婚には消極的だったそうです。
この温度差から、2人の間ではたびたび激しい口論が起きていたとされています。
2009年には一度同棲を解消しましたが、翌年にはまた一青窈さんが小林さんのもとに戻るという展開になりました。
しかし復縁後も根本的な問題は解決されないまま、結婚をめぐる衝突が繰り返されたようです。
そして2014年10月、週刊誌FLASHによって2人の破局が報じられました。
交際期間は約8年間に及びました。
一青窈さんは破局後、都内に一軒家を建てて新生活をスタートさせたとのことで、完全な決別の意思がうかがえます。
一青窈のその後の結婚
一青窈さんは小林さんとの破局から約1年後の2015年に、ギタリストの山口周平さんと結婚しています。
結婚発表と同時に妊娠4ヶ月であることも公表しました。
結婚と出産を望んでいた一青窈さんにとっては、新たなパートナーとの間で願いが叶ったということですね。
再婚の可能性と現在の結婚観
一方の小林武史さんは、一青窈さんとの破局後も新たな結婚の報道はありません。
2026年現在、小林さんは66歳で独身のままとみられています。
音楽活動やサステナブル事業に精力的に取り組んでおり、現在は恋愛よりも仕事に集中しているのかもしれません。
小林武史の妻を調べる人向けの関連情報
小林武史さんの妻であるakkoさんとの結婚・離婚について調べると、必然的に気になるのが松下由樹さんとの過去の交際や、小林さんの女性遍歴です。
ここからは、関連する情報をまとめてお伝えします。
松下由樹との8年間の交際と破局
小林武史さんがakkoさんと結婚する前、実は女優の松下由樹さんと約8年間にわたって交際していました。
2人の交際が始まったのは1987年頃とされています。
1992年11月には、バリ島旅行の帰りの飛行機で松下さんが小林さんに膝枕をしている姿が女性誌にキャッチされ、熱愛が発覚しました。
当時、松下さんは24歳、小林さんは33歳でした。
松下さんの所属事務所も交際を公認しており、周囲からは「結婚秒読み」と見られていたそうです。
ところが、1995年にMy Little Loverを結成した小林さんがボーカルのakkoさんと急接近したことで、状況が一変しました。
akkoさんの存在に気づいた松下さんは、1995年末に小林さんのマンションで大喧嘩をし、そのまま飛び出して破局となったと報じられています。
……8年間も一緒にいて結婚目前だったのに、突然裏切られるのは相当つらかったでしょうね。
松下さんはその後、独身を貫いており、「結婚願望がない」と公言するようになったと言われています。
8年間の交際を経て結婚間近だった松下由樹さんとの破局は、小林さんの女性関係における大きな転機でした。
大貫妙子からakkoまでの女性遍歴まとめ
小林武史さんの女性遍歴は、音楽業界でも有名だったようです。
時系列でまとめると以下のようになります。
| 時期 | 相手 | 経緯 |
|---|---|---|
| 1980年代前半 | 一般女性 | 交際中に大貫妙子さんとの浮気が発覚し破局 |
| 1980年代前半 | 大貫妙子さん | 歌手。浮気相手だったが、その後の関係の詳細は不明 |
| 1987年~1995年 | 松下由樹さん | 女優。8年間交際し結婚間近だったがakkoさんの存在で破局 |
| 1995年~2008年 | akkoさん | My Little Loverのボーカル。1996年結婚、2008年離婚 |
| 2005年頃~2014年 | 一青窈さん | 歌手。不倫から始まり、同棲を経て約8年で破局 |
こうして並べると、小林さんの恋愛パターンには「現在のパートナーがいる状態で次の相手との関係が始まる」という共通点があることがわかります。
大貫妙子さんの時は一般女性と交際中の浮気、松下由樹さんとはakkoさんとの二股、akkoさんとは一青窈さんとの不倫と、常に前のパートナーとの関係が終わる前に次の関係が始まっているんですよね。
小林武史さんは音楽プロデューサーとしての才能は誰もが認めるところですが、女性関係については波乱の連続でした。
akkoの再婚相手は渡邉俊介
元妻のakkoさんは、小林武史さんとの離婚後も音楽活動を続けながら2人の娘を育て上げました。
そして2014年、akkoさんは渡邉俊介さんという一般男性と再婚しています。
当時akkoさんは41歳で、渡邉さんは5歳年下の36歳でした。
渡邉俊介さんは1978年生まれで、高校卒業後にドイツへ渡り、2年半ほどサッカー選手としてプレーしていたという異色の経歴の持ち主です。
帰国後はアパレル関連の事業を立ち上げ、オーガニックコットンを使った衣服を手がける会社の代表を務めています。
akkoさんとの出会いのきっかけは、渡邉さんの会社がMy Little Loverのコンサートグッズの制作を担当したことでした。
ビジネス上の関係からスタートした2人でしたが、akkoさんは環境問題に強い関心を持っており、オーガニックコットンの服を作る渡邉さんとは価値観が合ったのでしょう。
会話を重ねるうちにお互いのビジョンが似ていることに気づき、akkoさんは「この人だ」と感じたとブログで語っています。
ただ、再婚を決めた際には長女から猛反対を受けたこともあったそうです。
akkoさんは小林さんとの離婚から6年後に新たなパートナーと再婚し、第二の人生を歩み始めました。
娘の越野アンナとHARUHIは2人とも歌手
小林武史さんとakkoさんの間に生まれた2人の娘は、どちらも歌手としてデビューしています。
やはり音楽界のトップレベルの両親のDNAを受け継いでいるということでしょうか。
長女・越野アンナ
長女の越野アンナさんは1996年7月30日生まれで、神奈川県川崎市の出身です。
幼少期にはアメリカで過ごした経験があり、英語がネイティブレベルに堪能です。
2016年3月30日に、ミュージシャンの西塚真吾さんとのユニット「anderlust(アンダーラスト)」のボーカルとしてデビューしました。
父・小林武史さんが全面プロデュースを手がけるという、まさにサラブレッドとしてのスタートでした。
しかし2017年12月31日に西塚さんが脱退し、その後は事実上の活動停止状態となっています。
2022年には芸名を「LIO(リオ)」に変更し、「NOILION(ノイリオン)」として再始動しました。
プロデューサーにはTeddyLoidさんを迎え、アニメ「ULTRAMAN」シーズン2のオープニング主題歌を担当するなど、新たな挑戦を続けています。
次女・HARUHI
次女のHARUHIさんは1999年2月25日生まれです。
2016年5月に、映画「世界から猫が消えたなら」の主題歌「ひずみ」でデビューしました。
この楽曲は父である小林武史さんが作詞作曲を手がけたものです。
映画の主題歌というのはかなり大きなデビューですよね。
しかし、その後は姉同様に目立った音楽活動は少なくなっています。
現在はシカゴを拠点にマルチメディア・アーティストとして活動しているとのことで、音楽だけでなく美術作品の制作にも取り組んでいるそうです。
2人の娘はそれぞれの道で表現活動を続けていますが、親の知名度に頼らない独自のスタイルを模索しているようです。
現在はサステナブル事業と音楽活動を両立
小林武史さんの現在は、音楽活動と並行してサステナブル事業にも力を注いでいます。
千葉県木更津市に「KURKKU FIELDS(クルックフィールズ)」というサステナブルファーム&パークを開設し、代表として運営にあたっています。
この施設は農業体験やアート展示、宿泊施設「cocoon」を備えた複合施設で、食とアートと自然の融合を目指すものです。
また、2023年からは千葉県で「百年後芸術祭」を立ち上げ、アート・テクノロジー・音楽・食を通じて「100年後の未来」をつくるプロジェクトに取り組んでいます。
音楽プロデューサーとしてはMr.Childrenのプロデュースからは離れていますが、back numberや宮本浩次さん(エレファントカシマシ)の楽曲制作を手がけるなど、第一線での活動は続けています。
66歳を迎えた小林武史さんは、音楽だけでなく農業や地域活性化の分野にも活動のフィールドを広げています。
小林武史の妻のまとめ
- 小林武史の元妻は、My Little Loverのボーカル・akko(本名:赤松亜希子)である
- akkoは1973年1月10日生まれ、神奈川県伊勢原市出身、国立音楽大学卒
- 2人の出会いはakkoが音大卒業後に知人を通じて小林を紹介されたこと
- 1995年にMy Little Loverを結成し、「Hello, Again」が大ヒット
- 1996年に小林(37歳)とakko(23歳)が結婚。14歳差の夫婦だった
- 1996年と1999年に2人の娘が誕生
- 1998年に家族でニューヨークに移住するも、小林の多忙で夫婦にすれ違いが生じた
- 2007年1月、歌手の一青窈との不倫関係が報じられた
- 2008年元日に離婚届を提出し、正式に離婚
- 離婚後、小林は一青窈と同棲するも2014年に破局
- 一青窈は2015年にギタリストの山口周平と結婚
- akkoは離婚後の2014年に、5歳年下のアパレル会社代表・渡邉俊介と再婚
- 結婚前には女優の松下由樹と約8年間交際し、結婚秒読みとまで言われていた
- 長女・越野アンナ(LIO)と次女・HARUHIは、ともに歌手としてデビューしている
- 小林武史は2026年現在も独身で、KURKKU FIELDSの運営や音楽活動を続けている

