千葉龍太郎の経歴|30歳で急逝したベーシストの生涯

千葉龍太郎の死因「不慮の事故」の真相とは?30歳で急逝したベーシストの生涯

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母・小坂明子さんを持つ音楽一家に生まれ、ベーシストとして熱い情熱を燃やし続けた千葉龍太郎さん。

2018年5月24日、レコーディングの真っ最中に突然この世を去ったその死は、多くの人の心に深い衝撃を残しました。

そしてその10年後、親友であるSEKAI NO OWARIのFukaseさんが「あなたの曲を世に出せた」と語りながら発表した楽曲「琥珀」……あの曲にはこんな物語があったんです。

この記事を読むとわかること
・千葉龍太郎の経歴・プロフィールと死因の真相
・母・小坂明子との親子関係とGRAND FAMILY ORCHESTRAの軌跡
・セカオワ・深瀬慧との友情と楽曲「琥珀」が生まれるまでの物語

千葉龍太郎の経歴と生涯

GRAND FAMILY ORCHESTRAのベーシストとして知られる千葉龍太郎さんは、大ヒット曲「あなた」で有名な小坂明子さんを母に持つ音楽一家の出身です。

2018年に30歳という若さで不慮の事故により急逝した彼の生き様と音楽への情熱を、プロフィールから死の真相まで詳しく追っていきます。

プロフィール:小坂明子を母に持つ東京育ちのベーシスト

千葉龍太郎さんは、1988年に東京都で生まれたベーシストです。

正確な誕生日については複数の情報源ごとに表記が異なりますが、2月3日生まれという情報が伝えられています。

血液型はA型で、一見ヤンチャそうに見えながらも繊細な感性を持ったミュージシャンとして知られていました。

何よりも注目されるのが、彼の出身が”音楽一家”であるという点です。

母親は、1973年のデビュー曲「あなた」で200万枚を超えるミリオンヒットを飛ばした伝説的シンガーソングライター・小坂明子さん。

父親の千葉健治さんは、小坂明子さんが独立した際の会社の代表であり、もともとは彼女のマネージャーとして活躍していた人物です。

そんな両親のもとに生まれた千葉龍太郎さんですが、幼少期から音楽の英才教育を受けていたわけではなく、むしろ自然に音楽が身近にある環境で育っていったようです。

弟も音楽が好きで、「たいちゃん」という愛称で呼ばれ、ドラマーとして活動していた時期もあったとのこと。

音楽一家のDNAはしっかり受け継がれていたんですね。

千葉龍太郎さんが音楽の道を本格的に歩み始めたのは高校時代のこと。

都内の通信制高校「代々木高校」に通いながら、卒業後は「東京ビジュアルアーツ専門学校」へ進学してミュージシャンとしての基礎を身につけていきました。

同校は音楽だけでなくダンスやマスコミ、メイクなど多彩な分野を学べる学校で、千葉龍太郎さんはここでベーシストとして本格的にスタートを切ることになります。

項目 内容
本名 千葉 龍太郎(ちば りゅうたろう)
生年 1988年(2月3日生まれとの情報あり)
出身地 東京都
血液型 A型
学歴 代々木高校(通信制)→東京ビジュアルアーツ専門学校
職業 ベーシスト
所属バンド GRAND FAMILY ORCHESTRA
母親 小坂明子(シンガーソングライター)
父親 千葉健治(元マネージャー・会社代表)

千葉龍太郎さんは、ミリオン歌手・小坂明子さんを母に持つ音楽一家の長男として東京に生まれ、専門学校で技術を磨いたベーシストです。

新世界リチウム時代の活動と苦労

千葉龍太郎さんが最初に結成したバンドが、2006年に結成した「新世界リチウム」です。

このバンドはベースヴォーカル・ドラムヴォーカル・ギターという、ベースとドラムが両方ボーカルも担当するという変則的な3ピース編成が特徴的でした。

千葉龍太郎さんはベースヴォーカルとしてバンドのフロントマンを務め、10年近くに渡って精力的に活動を続けていきます。

メジャーデビューこそ掴めませんでしたが、その活動の中で築いた人脈は相当なものでした。

なかでも注目すべきは、今や超人気バンドとなったクリープハイプの尾崎世界観さんのバックバンドとしてツアーに帯同していたこと。

また、SEKAI NO OWARIのレコ発ツアーにもサポートとして参加していたというから、業界内での評価の高さがうかがえます。

ただ、それだけの実力と人脈を持ちながら、新世界リチウム自体はなかなかチャンスを掴みきれなかった側面もありました。

2014年にようやくファーストアルバムをリリース。

そして2015年にツアーファイナルを完走した後、わずかその数日後に解散を電撃発表することになります。

千葉龍太郎さん自身は後にブログで、この解散について率直な思いを吐露しています。

「ぶっちゃけ解散から1年くらいは病んでいました」という言葉は、彼がいかにこのバンドに人生をかけていたかを物語っていますね。

しかも解散後の一時期は「基本酒ばっか飲んで親に迷惑かけて笑えない日々をすごしていた」とも語っています。

正直、読んでいて胸が痛くなりました。

それほどまでに、新世界リチウムは彼にとって”自分そのもの”だったんでしょうね。

新世界リチウム時代の千葉龍太郎さんは、クリープハイプやセカオワのサポートを務めるほどの実力者でしたが、約10年の活動の末に解散という苦い決断を経験することになりました。

GRAND FAMILY ORCHESTRAを結成して再出発

新世界リチウムの解散から約1年後の2016年、「GRAND FAMILY ORCHESTRA(GFO)」を結成しました。

解散後の空白期間に酒に頼っていた日々から、再び音楽へと立ち上がった瞬間です。

「松山から電話でバンドやらねーか」という一本の電話がきっかけだったと、千葉龍太郎さん自身が語っていました。

その誘いに迷いなく飛びついたのは、「俺にとって音楽はオアシスだ」という強い信念があったからでしょう。

……なんか、かっこいいですよね、こういう再起の話。

GFOでも引き続きベースを担当し、新バンドを結成した後もクリープハイプのサポートに入るなど、精力的な活動を続けました。

バンドはリリース活動も順調で、2016年4月に1stミニアルバム、2017年4月に2ndミニアルバムをリリース。

2018年4月にはライブ会場・Web限定シングル「オー晴レルヤ!!」も発表し、これからというタイミングで勢いに乗っていました。

千葉龍太郎さん自身も、このGFOについて「今出来る千葉龍太郎の音楽の中で最高傑作を作ったと思っています」と誇らしげに語っており、バンドへの愛着と自信がひしひしと伝わってきます。

しかし2017年、そのGFOに悲劇が訪れます。

ギタリストのえばたA.F.あいさんが2017年のライブツアー中に大きなケガを負い、活動継続が困難な状態に。

バンドはえばたさんを「永久欠番」としてバンドに籍を残す形で対応しましたが、その1ヶ月半後の2017年8月24日、えばたさんが急逝するという衝撃的な知らせが届きました。

それでも千葉龍太郎さんたちはバンドを続け、2018年にはさらなる新曲のレコーディングを開始するなど、前を向いて歩んでいたのです。

GFOは千葉龍太郎さんが再起をかけて立ち上げたバンドであり、彼が「最高傑作」と胸を張るほど深く愛した存在でした。

不慮の事故で30歳の若さで急逝

2018年5月24日 午前5時頃、千葉龍太郎さんが急逝したという知らせが届きました。

享年30歳。

亡くなった2日後の5月26日夜、GFOの公式サイトで正式に発表されました。

その文面には「突然のことでメンバー全員何も考えられていない状態です。現在決まっている当面のライブについては、キャンセルとさせていただきます」と、衝撃を受けたメンバーの言葉が綴られていました。

母・小坂明子さんも同日ブログを更新し、「長男、千葉龍太郎は2018年5月24日午前5時不慮の事故で永眠しました。享年30才でした」と発表。

「龍太郎は新世界リチウムで開花し、これからのGRAND FAMILY ORCHESTRAの活動を誰よりも愛し、喜んで燃えていただけに、さぞかし悔しさで一杯でしょう。家族はもっともっと悔しさに声が出ないです」という言葉が、悲しみの深さを物語っています。

亡くなった当時、千葉龍太郎さんは亡くなる前日の5月23日までTwitterを更新しており、5月20日からはレコーディングも開始していました。

5月25日には下北沢でライブの予定もあったという。

つまり、彼は最後まで音楽に向かって全力で走り続けていたんですよ。

それがあっという間に逝ってしまったというのは……想像するだけで胸が締め付けられます。

葬儀は家族葬で執り行われ、6月12日には東京・吉祥寺のライブハウス「吉祥寺WARP」にて、バンドメンバーによる音楽葬が執り行われました。

千葉龍太郎さんは2018年5月24日、レコーディングの真っ最中だった30歳で突然この世を去りました。その死は音楽業界に大きな衝撃を与えました。

死因の真相とは?さまざまな憶測を整理する

千葉龍太郎さんの死因については、公式には「不慮の事故」とのみ発表され、具体的な内容は明かされていません。

亡くなったのが早朝5時という時間帯であったこと、そして同じバンドのギタリスト・えばたさんが1年足らず前に急逝していたことも重なり、ネット上ではさまざまな憶測が飛び交いました。

「自殺ではないか」「違法薬物ではないか」という声もありましたが、これらはあくまで一部のファンの憶測に過ぎません。

現時点でわかっている事実を整理してみると、自殺の可能性はかなり低いと考えられます。

その理由を自分なりに考えてみると、まず母・小坂明子さんのブログの文体は「事故死」の場合に使われる表現と一致していること。

次に、千葉龍太郎さんは亡くなる直前まで新しいレコーディングを精力的に進め、ライブの告知もしていたこと。

そして何より、GFOについて「これからの活動を誰よりも愛し、喜んで燃えていた」と母親が証言していること。

さらに、千葉龍太郎さん自身がブログに残したメッセージには、バンドの仲間への感謝と音楽への情熱があふれており、「俺にとって音楽はオアシスだ」と力強く語っていました。

なお、亡くなる直前の最後のブログ投稿では、過去の花火大会の思い出をつづり、「今年は頑張って彼女の一つでも作って見に行ってみたいもんです」と前向きな言葉を残していたことも伝えられています。

こうした状況を総合的に考えると、自らが命を絶つような心境にあったとは考えにくいです。

一方で、旧知の友人であるSEKAI NO OWARIのFukaseさんが、千葉龍太郎さんの未発表曲を元に「琥珀」という楽曲を堂々と世に出していることも、大事な文脈です。

親友が死を悼む形で発表したこの行動は、千葉龍太郎さんの亡くなり方が普通でなかったわけではないことを間接的に示しているとも取れます。

死因の真相は公式には明かされていませんが、状況的に見て自殺や違法薬物の可能性は低く、何らかの突発的な事故であった可能性が高いと考えられます。

世間の声とファンの反応

千葉龍太郎さんの訃報は、多くのファンやミュージシャンに深い衝撃を与えました。

SNS上には追悼のコメントが多数寄せられ、「新世界リチウムのリンディンドンのベースの引き方がなんかカッコよくて、MVしょっちゅう見てましたよ」「GFO毎日聞いてたからショック」など、音楽への純粋な称賛の声が溢れました。

また彼のことを生前から知っていたファンからは、「去年のClubEARTHでCD買いたい!と息子が言ったのでお写真もお願いした」という、心温まるエピソードも。

親御さんと一緒に応援するファンに愛されていたミュージシャンだったんですよね。

ベーシストとしての彼のスタイルは、「ドラムとベースのリズム隊のグルーヴ感」が特徴と評されており、GFOの音楽の根幹を支える存在でした。

「このバンドの良さは間違いなくベースにある」と語るファンも少なくなく、彼の音楽に対する評価の高さが伝わってきます。

一方で、GFOではえばたさんに続いて2人ものメンバーが短期間に急逝したことから、「不思議なバンド」といった声もネット上には見られました。

これはさすがに根拠のない話ですが、それほど衝撃的な出来事が連続したということは確かです。

千葉龍太郎さんはファンからも音楽関係者からも深く愛されたベーシストであり、その突然の死は多くの人の心に深い悲しみを残しました。

千葉龍太郎を調べる人向けの関連情報

千葉龍太郎さんについて調べると、音楽家一家ならではの家族背景や、SEKAI NO OWARIのFukaseさんとの深い友情など、さまざまな見どころが浮かび上がってきます。

ここでは関連する気になる情報をまとめてご紹介します。

母・小坂明子との親子関係と家族構成

千葉龍太郎さんの母・小坂明子さんは、1973年に16歳でデビューし、自ら作詞作曲した「あなた」で200万枚を超えるミリオンヒットを記録した伝説的なシンガーソングライターです。

1957年1月2日生まれで兵庫県出身。ピアニストや作曲家・音楽監督としても活動するなど、音楽のマルチな才能を持つ人物です。

父の千葉健治さんは小坂明子さんが独立した際の会社代表であり、2人は1985年10月に結婚しています。

千葉龍太郎さんと小坂明子さんの親子関係は、とても深い絆で結ばれていました。

千葉龍太郎さんは母の音楽を心からリスペクトしており、小坂明子さんもまた「彼のベースに魅了されていた」と息子の才能を高く評価していました。

音楽の道を通じてお互いを認め合える、なかなか素敵な親子関係ですよね。

小坂明子さんは息子の死に際して「突然に消えた不器用で天才な龍太郎」という言葉を使っています。

「不器用」という表現が、母親の目から見た息子の一面を素直に表しているようで、なんとも印象的です。

家族構成については、千葉龍太郎さんには弟が1人います。

「たいちゃん」という愛称で呼ばれ、ドラマーとして音楽活動をしていた時期もあったとか。

小坂明子さんの次男は女優・門脇麦さんと同級生とも伝えられています。

千葉龍太郎さんと母・小坂明子さんは、互いの音楽を認め合う深い絆で結ばれた音楽家親子でした。

GRAND FAMILY ORCHESTRAとえばたA.F.あいの急逝

GRAND FAMILY ORCHESTRA(GFO)は、2016年に結成されたロックバンドです。

千葉龍太郎さんのほか、ボーカル・松山晃太さんを中心としたメンバーで、力強いリズム隊のグルーヴ感を武器とした独自のサウンドで知られていました。

2016年4月の1stミニアルバムリリースから精力的な活動を展開し、全国各地でのライブ活動も行うなど、これからというバンドでした。

しかし2017年、ギタリストのえばたA.F.あいさんがライブツアー中にケガを負い、活動継続が困難な状態に陥ります。

バンドは「えばたは永久欠番としてこのバンドに籍を留める」と発表し、バンドの歴史の一部として彼女の存在を刻み続けることにしました。

そのケガの発表からわずか1ヶ月半後の2017年8月24日、えばたA.F.あいさんが急逝

詳しい死因は公表されていません。

えばたさんを失ったバンドは、それでも活動を続けることを選択。

翌2018年には新録音活動を再開しており、前を向いて歩み始めていたところでした。

しかしその翌年、今度は千葉龍太郎さんが亡くなるという悲劇が起こります。

約1年の間に2人のメンバーを失うという前例のない悲劇に見舞われたGFOは、その後も粘り強く活動を続けましたが、2024年からは活動休止状態に入っています。

……バンドが続いてきたこと自体が、残ったメンバーたちの覚悟の表れでもあるんですよね。

GFOは約1年という短い期間の中でえばたA.F.あいさんと千葉龍太郎さんという2人のメンバーを失うという悲劇を経験したバンドです。

セカオワ・深瀬慧との長年の友情

千葉龍太郎さんとSEKAI NO OWARIのFukaseさん(深瀬慧さん)は、古くからの友人同士でした。

その関係性が広く知られるようになったのは、2017年6月のこと。

セカオワが立ち上げたライブハウス「東京・club EARTH」のオープン11周年を記念したライブイベント「club EARTH 11th Anniversary」が新木場STUDIO COASTで開催され、千葉龍太郎さんは「千葉龍太郎+Mayu(仮)」というユニットで出演しました。

この「千葉龍太郎+Mayu(仮)」というユニット自体、深瀬さんが「Mayuの歌声と千葉龍太郎が作るメロディーが合うに違いない!」と直感してマッチングさせたもの。

ステージ上でセカオワメンバーは、千葉龍太郎さんとは「昔からの友達だ」と語っていたといいます。

新世界リチウム時代からのつながりで、セカオワのレコ発ツアーにもサポートとして参加したことがあった間柄でもありました。

そして翌年の2018年5月に千葉龍太郎さんが急逝。

その知らせはちょうどセカオワの全国野外ツアー「INSOMNIA TRAIN」の真っ最中に届きました。

悲しみをこらえながら公演を続けたFukaseさんでしたが、2018年6月16日の宮城公演で「MAGIC」を歌唱中、突然感極まり天を仰いで歌えなくなったという場面も。

友人の死がいかに深く響いていたかが伝わる、胸を打つエピソードです。

千葉龍太郎さんとFukaseさんは、ともに音楽を愛した長年の旧友。その友情は千葉龍太郎さんの死後も「琥珀」という形で生き続けています。

琥珀が生まれるまで:未発表曲「Tears」の軌跡

SEKAI NO OWARIが2024年にリリースした楽曲「琥珀」は、千葉龍太郎さんが生前に残した未発表曲「Tears」を元に作られた楽曲です。

「Tears」は、千葉龍太郎さんが約10年前に深瀬慧さんに繰り返し聴かせていたというデモ曲。

深瀬さんはその後、このメロディーを忘れることができずに温め続け、自分の言葉や新たなメロディーを加えて「琥珀」として完成させました。

深瀬さんは「琥珀」を千葉龍太郎さんとの共作と断言しており、亡き友人へのリスペクトと感謝の思いが込められた作品と言えるでしょう。

「最後まで売れることができなかった亡き友人のためにも、根気よく作業して完成させた」という背景も伝えられており、そのことを思うとこの曲を聴く時の重みが全然違ってくる気がします。

「琥珀」は映画「少年と犬」の主題歌にも起用されるなど、深瀬さんが「友人の分まで」という思いで送り出したこの楽曲は、多くの人の心に届く曲となりました。

千葉龍太郎さん自身が世に出すことのできなかった音楽が、親友の手によって10年越しに世に放たれた、というこの事実に……なんか、じんわりしますよね。

千葉龍太郎さんの未発表曲「Tears」は、深瀬慧さんの手によって「琥珀」として完成し映画主題歌にもなるなど、亡き友の音楽が10年の時を超えて世に届くことになりました。

千葉龍太郎のまとめ

  • 1988年東京都生まれのベーシストで、ミリオン歌手・小坂明子の長男
  • 父は千葉健治(小坂明子の元マネージャー・会社代表)、弟はドラマーの「たいちゃん」
  • 代々木高校(通信制)卒業後、東京ビジュアルアーツ専門学校でミュージシャンとしての基礎を習得
  • 2006年に「新世界リチウム」を結成し、ベースヴォーカルとして約10年活動
  • クリープハイプのバックバンドやSEKAI NO OWARIのレコ発ツアーにもサポート参加
  • 新世界リチウムは2015年に解散し、解散後は1年ほど音楽から離れた低迷期を経験した
  • 2016年に「GRAND FAMILY ORCHESTRA(GFO)」を結成し、音楽活動を再スタート
  • GFOはギターのえばたA.F.あいが2017年8月に急逝するという悲劇を経験している
  • 2018年5月24日の早朝5時頃、「不慮の事故」により30歳の若さで急逝した
  • 死因の詳細は公式には明かされておらず、真相は不明のまま
  • 自殺説・薬物説はファンの憶測であり、根拠のある情報ではないとされている
  • SEKAI NO OWARIのFukase(深瀬慧)とは旧知の間柄で、深い友情で結ばれていた
  • 深瀬慧は千葉龍太郎の未発表曲「Tears」に手を加え、10年後に「琥珀」として発表した
  • 「琥珀」は映画「少年と犬」の主題歌に起用されるなど、亡き友の音楽が世に届いた形となった
  • 母・小坂明子は「突然に消えた不器用で天才な龍太郎」と語り、今も息子の才能を誇りに思い音楽活動を続けている

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