新田真剣佑さんの「若い頃の母親」について調べている方、多いですよね。
実はお母さんは若い頃、京都の花街でトップを誇る芸妓として活躍していたというから驚きです。
舞妓時代の美しさから、英語が話せない中でのロサンゼルス子育て、離婚後のパチンコ店アルバイトまで、その人生は波乱万丈そのものです。
・真剣佑の母・前田玉美の若い頃(舞妓・芸妓時代)と経歴
・千葉真一との28歳差結婚からロス子育て・離婚の経緯
・現在の玉美さんの様子と息子たちとの関係
若い頃の真剣佑の母・前田玉美のプロフィールと子育てエピソード
新田真剣佑さんのお母さんについて気になっている方、多いのではないでしょうか。
若い頃の姿から現在まで、詳しく見ていきましょう。
母の名前は前田玉美!通称「タマミチバ」と呼ばれる理由
新田真剣佑さんのお母さんの本名は、前田玉美(まえだたまみ)さんです。
海外では「タマミチバ(Tamami Chiba)」という名前で知られていますが、これは本名ではありません。
「タマミチバ」という名前の由来は至ってシンプルで、ご自身の名前の「タマミ」と、元夫・千葉真一さんの「チバ」を組み合わせたものです。
千葉真一さんがハリウッドを目指してアメリカで活動していた時代、奥さんにもわかりやすい英語圏向けの名前を名乗らせていたのだと考えられますね。
2024年5月時点では57〜58歳ほどの年齢で、出身は京都府です。
若い頃は京都のトップ芸妓「きみすず」として活動
玉美さんの若い頃の経歴を語るうえで欠かせないのが、京都の花街での芸妓活動です。
玉美さんは、京都でトップクラスの芸妓として活躍しており、その芸名は「きみすず」といいました。
芸妓(げいこ)というのは、京都の花街で舞踊・三味線・お囃子などの芸を披露してお座敷を盛り立てる、日本の伝統文化を担うプロフェッショナルです。
芸妓になるまでには、まず「舞妓」として数年間の修業を積む必要があります。
舞妓は10代前半から花街の置屋に入り、お茶・踊り・三味線・お座敷作法などを一から学んでいきます。
その厳しい修業期間を経て初めて芸妓に昇格できるわけで、トップクラスと言われるまでになった玉美さんの実力と努力は並大抵のものではなかったはずです。
舞妓・芸妓の世界のしきたり
ちなみに、京都の花街で舞妓・芸妓になるためには、かつては「日本人であること」が前提条件でした。
これが後述する「玉美さんはハーフではない」という根拠のひとつにもなっています。
30年以上前の厳格な時代に、京都の花街でトップに上り詰めた玉美さん。
その美しさと芸の実力は、本物だったのでしょう。
千葉真一さんがお座敷遊びをする際に数人の芸妓を呼ぶと、1時間で10万円以上もかかると言われています。
それほどの高級な世界で「一見さんお断り」の人気芸妓だったというのですから、玉美さんの存在の特別さが伝わってきますよね。
超美人!真剣佑が母親似と言われるほどの容貌
玉美さんといえば、その美貌が何より話題になります。
新田真剣佑さんは母親似と言われており、彫りの深い端正な顔立ちは玉美さんから受け継いだもの、という声が多くあります。
2010年に行われた千葉真一さんの芸能生活50周年を記念した式典兼披露宴では、ウェディングドレス姿の玉美さんが新聞やスポーツ紙に掲載され、「女優さんみたいにキレイ」「超美人」と話題になりました。
当時43歳でのドレス姿であるにも関わらず、そのスタイルと美貌は衰え知らずで、千葉真一さんも「1回くらいしないとバチが当たっちゃう。イケてましたね。今のお化粧はすごい!」と目尻を下げていたとのことです。
2020年頃には息子・郷敦さんのインスタグラムのストーリーにも登場しており、当時53歳とは思えない美しさに驚かれた方も多かったようです。
若い頃から一貫して「超美人」と称される玉美さんの外見は、息子たちの端正な顔立ちのルーツと言えそうです。
ハーフではなく生粋の日本人だと分かる根拠
新田真剣佑さんと弟・眞栄田郷敦さんの顔立ちが彫り深くハーフっぽいことから、「お母さんはハーフなのでは?」という噂が広まっています。
しかし、玉美さんは100%日本人です。
その根拠として最も有力なのが、前述の「舞妓・芸妓の経歴」です。
30年以上前の京都の花街では、舞妓になるためには日本人であることが事実上の前提とされていました。
ハーフや外国人の方が舞妓になるケースは当時ほとんど存在せず、その厳格な花街のしきたりの中でトップ芸妓にまで昇り詰めた玉美さんが、純粋な日本人であることは間違いないと考えられています。
また、玉美さん自身の顔立ちも、彫り深くはあるものの、日本人特有の美しさを持ち合わせた方だということは写真を見るとわかります。
息子たちがハーフに見えるほどの顔立ちを持つのは、父・千葉真一さんの彫りの深い顔立ちと、母・玉美さんの美しい容貌が合わさった結果、と言えるでしょう。
千葉真一との出会いと28歳差の結婚
玉美さんと千葉真一さんの出会いは、千葉真一さんが撮影仕事で京都を訪れた際のお座敷での縁がきっかけだったとされています。
芸妓として活躍していた玉美さんのもとに呼ばれた千葉真一さんが、その美しさと存在感に惚れ込んだのだと言われています。
1994年に千葉真一さんが前妻・野際陽子さんと離婚した後、1996年に玉美さんと正式に結婚します。
このとき、千葉真一さんは57歳、玉美さんは29歳。28歳差の年の差婚として大きな話題を呼びました。
結婚後は千葉真一さんのハリウッド進出の夢を支えるため、すぐにアメリカ・ロサンゼルスへ移住します。
そして同年1996年11月16日、ロサンゼルスで長男・真剣佑さんが誕生します。
2010年の盛大な結婚披露宴
結婚当初は挙式や披露宴を行わなかった2人ですが、結婚14年目の2010年、千葉真一さんの芸能生活50周年記念式典と合わせて「グランドプリンス赤坂」で盛大な披露宴を開催しました。
梅宮辰夫さん、京本政樹さん、小林幸子さんをはじめとした著名人ら600人が招待された豪華なものでした。
当時14歳の真剣佑さんと11歳の郷敦さんが、デヴィ夫人も感動させるほどの心のこもったスピーチを披露し、出席者の涙を誘ったエピソードも語り継がれています。
英語が話せない中でロサンゼルスで12年の子育て
玉美さんの子育てエピソードで、息子たちが何度も口にするのが「英語が話せない中でのアメリカ生活」です。
次男・郷敦さんは以前のインタビューでこう語っています。
「母親にはめちゃくちゃ感謝しています。父が日本で仕事が多かったので、母親と兄と3人でいることが多くて。英語も喋れない中でアメリカで12年ぐらい育ててくれた。」
千葉真一さんはハリウッド進出を目指して渡米したものの、日本での仕事が多く、実際にはアメリカを不在にしていることも多かったようです。
そのため玉美さんは、言葉も通じない異国の地で、ほぼワンオペに近い形で幼い息子2人を育て続けることになりました。
長男・真剣佑さんはロサンゼルスで誕生し、次男・郷敦さんも2000年1月9日にロサンゼルスで誕生しています。
知人も友人もいない異国で、言葉の壁と戦いながら2人の息子を育てた玉美さんの苦労は、計り知れないものがあります。
……正直、想像するだけで胸が締め付けられます。
2006年・2007年には、家族4人でNHK「いい旅夢気分」に出演し、仲睦まじい家族の様子を全国に披露しました。
玉美さんは息子たちを「まっけん」「ごうちゃん」と呼ぶ優しいお母さんだったといいます。
別居後にパチンコ店で時給1000円のアルバイト
2010年に600人を招待した盛大な披露宴を行った2人ですが、その頃にはすでに夫婦関係は悪化していたようです。
2012年、玉美さんは次男・郷敦さん(中学進学のタイミング)を連れて、実家のある京都に戻ります。
長男・真剣佑さんはすでに東京で俳優活動を始めていたため、ロサンゼルスに残りました。
この頃の玉美さんの生活を2012年10月23日の「女性自身」が報じており、その内容は多くの人の胸を打ちました。
「自転車にまたがり妻が、母や家族とひっそりと住む自宅マンションを出た。向かった先は京都市内にあるパチンコ店。妻は苦しい家計を助けるためか、時給1千円で1日8時間ほど働き、子供の生活費を稼いでいたのだ。」
たった2年前には600人を招いた豪華な披露宴を行い、ウェディングドレスで脚光を浴びた方が、時給1,000円でパチンコ店のアルバイトをしている——。
その落差は、千葉真一さんの借金問題がいかに深刻だったかを物語っています。
「署名ずみの離婚届を千葉に渡した」と映画関係者が語るように、玉美さんの中では既にこの時点で離婚への意思が固まっていたのでしょう。
苦しい家計の中でも、子供たちのために懸命に働き続けた玉美さんの姿は、本当のお母さんの強さを感じさせます。
真剣佑の母・前田玉美を調べる人向けの関連情報
玉美さんにまつわる、気になる情報をまとめてお届けします。
千葉真一との離婚理由は借金と不倫疑惑
2015年11月、玉美さんと千葉真一さんの離婚が正式に成立します。
産経新聞は「俳優、千葉真一(76)が28歳下の一般女性と昨年11月に離婚していたことが分かった。関係者によると、約5年前から弁護士を通して離婚協議していたという」と報じています。
離婚の理由は複数挙げられており、大きく3つにまとめられます。
まず千葉真一さんの借金問題です。
映画制作などへの投資で多額の借金を抱えていたとされており、家賃の支払いすらままならない状況だったことが報じられています。
次に不倫疑惑です。
離婚当時に千葉真一さんが54歳年下の女性と真剣に交際していたという報道が出ており、これが決定打になったとも言われています。
そして慣れないアメリカでの生活です。
玉美さん自身も「もともと別居です。私はほとんどアメリカで、彼はずっと日本が多かったので。」とコメントしており、夫婦関係が早い段階から実質的に破綻していたことがわかります。
離婚後の親権については、長男・真剣佑さんの親権は千葉真一さんが、次男・郷敦さんの親権は玉美さんが取得しました。
なお、眞栄田郷敦という苗字は、母・玉美さんの旧姓「前田」に由来しているともされています。
絶縁の噂は本当?現在の親子関係について
一部では「真剣佑さんとお母さんは絶縁状態にある」という噂が出ていましたが、これについては現在は否定的な情報が多く出ています。
絶縁噂の経緯
絶縁の噂については、「真剣佑さんが14歳の時に既婚女性との間に隠し子ができ、母・玉美さんが激怒した」というものが発端とされていますが、この情報は単一のソースからのみ確認されており、真偽の裏付けは取れていません。
現在の親子関係
現在の状況を見ると、3人の関係は良好なようです。
2020年12月6日には、郷敦さんが自身のインスタグラムのストーリーで母・玉美さんの誕生日をお祝いしており、その投稿からも良好な関係がうかがえます。
また千葉真一さんの知人が「一時はギクシャクしていた2人の息子さんの関係が最近は良好で、お母さんといっしょにそろって千葉さんのお墓に手を合わせに行ったそうです」と「女性自身」に語っています。
兄弟揃って「母親が大好き」と公言しており、郷敦さんはインタビューで「産んでくれてありがとう!育ててくれてありがとう!これからは恩返しできるように頑張るね。」とも発信していました。
絶縁の噂は過去の話であり、現在は母子3人の絆は確かなものになっているようです。
現在は京都在住?息子たちと千葉真一の墓参りも
現在の玉美さんについては、京都府京都市在住という情報があります。
もともと京都出身で、2012年に別居開始後も京都の実家に戻り、母や家族とともに暮らしていたとされています。
2021年には千葉真一さんが新型コロナウイルスに伴う肺炎で死去。
その際、玉美さんと次男・郷敦さんが火葬に立ち会ったと報道されています。
また前述のとおり、息子2人と一緒に千葉真一さんのお墓参りにも行っており、元夫との関係も穏やかなかたちで終わっていたことがわかります。
2023年1月には、真剣佑さんと郷敦さんが揃って結婚を発表。
2人の発表日は、千葉真一さんの誕生日(1月22日)に合わせたものでした。
家族の絆の深さが伝わってくるエピソードですね。
再婚については現時点で情報は出ておらず、京都で静かに暮らされているものと思われます。
家系図でわかる千葉真一・野際陽子との関係
真剣佑さんを調べると「野際陽子」というキーワードが関連で出てくることがありますが、玉美さんと野際陽子さんは全くの別人です。
千葉真一さんの家族関係は以下のようになっています。
| 妻 | 結婚年 | 離婚年 | 子供 |
|---|---|---|---|
| 野際陽子(女優) | 1973年 | 1994年 | 長女・真瀬樹里(女優) |
| 前田玉美(元芸妓) | 1996年 | 2015年 | 長男・新田真剣佑、次男・眞栄田郷敦 |
千葉真一さんは1973年に女優・野際陽子さんと結婚し、1975年に長女・真瀬樹里さんが誕生しています。
その後1994年に離婚し、2年後の1996年に玉美さんと再婚したというのが経緯です。
つまり玉美さんは千葉真一さんの2度目の妻であり、真剣佑さん・郷敦さんにとって真瀬樹里さんは父方の異母姉にあたります。
現在、真剣佑さん・郷敦さんと真瀬樹里さんは異母兄弟ながら交流があり、仲が良いことでも知られています。
若い頃 真剣佑の母のまとめ
- 前田玉美さんは若い頃から京都トップクラスの芸妓「きみすず」として活躍していた
- 日本人(100%)でハーフではない。舞妓になれたことがその証拠
- 千葉真一さんとのお座敷での出会いがきっかけで、1996年に28歳差で結婚
- 結婚後すぐにロサンゼルスへ移住し、英語が話せない中で12年間子育てを続けた
- 長男・真剣佑は1996年11月16日にロスで誕生、次男・郷敦は2000年1月9日に誕生
- 2006・2007年にはNHK「いい旅夢気分」に家族4人で出演した
- 2010年にグランドプリンス赤坂で600人規模の披露宴を行った
- 2012年、別居後に京都のパチンコ店で時給1,000円・1日8時間働いていた
- 2015年11月、千葉真一との離婚が成立(離婚原因:借金・不倫疑惑)
- 次男・郷敦の親権は玉美さんが取得。眞栄田の苗字は玉美さんの旧姓「前田」由来とされる
- 一時は真剣佑と絶縁状態という噂があったが、現在は3人の関係は良好
- 千葉真一の火葬に立ち会い、息子たちと墓参りにも行っている
- 現在は京都在住の模様、再婚情報はなし
- 真剣佑が「お母さんみたいな人と結婚したい」と語るほどの愛情深い母親
- 真剣佑は母親似の顔立ちと言われている

