志尊淳の姉まりがムチャブリを「ブッチャケ」と勘違い!爆笑エピソードまとめ

志尊淳の姉まりがムチャブリを「ブッチャケ」と勘違い!爆笑エピソードまとめ

記事内に広告を含みます

志尊淳さんのお姉さんが面白すぎると話題になっています。

ドラマ名を「ブッチャケ」と勘違いしたり、出演映画の感想が「唇青かった」だけだったり……調べれば調べるほど、お姉さんのキャラクターに惹き込まれるんです。

この記事では、志尊淳さんの姉まりさんのプロフィールや爆笑エピソード、さらに家族構成や父親の意外なルーツまで徹底的にまとめました。

この記事を読むとわかること
・志尊淳の姉の年齢・海外生活・名前の情報
・覆面系ノイズやムチャブリに関する姉の爆笑エピソード
・家族構成や父親が司祭という驚きのルーツ

志尊淳の姉まりのプロフィールと面白エピソード

志尊淳さんのお姉さんは、ファンの間でも「キャラが強烈すぎる」と大人気の存在です。

ここでは、姉の年齢や海外での生活から、数々の爆笑エピソードまで詳しくまとめていきます。

姉の年齢や海外生活について

志尊淳さんには、年の離れたお姉さんがいます。

年齢差については情報が少し錯綜していて、一部のサイトでは「5歳年上」と紹介されている一方で、志尊淳さん自身がインスタライブで「10歳差」と話していたという情報もあります。

どちらが正確なのかは公式に明かされていませんが、いずれにしてもお姉さんは志尊淳さんよりも年上で、すでに独立して生活していることは間違いなさそうです。

そして、このお姉さんの大きな特徴が海外生活が長いということ。

少なくとも2017年頃までは海外に住んでいたことがわかっていて、志尊淳さん自身も「姉は海外にいた」とテレビやSNSで何度か語っています。

海外在住だったため日本のテレビ事情にはまったく疎く、弟がテレビに出ていることすら知らなかったというのですから、なかなかのスケール感ですよね。

なお、お姉さんの名前については「まり」ではないかとネット上で検索されていますが、志尊淳さん本人やメディアがお姉さんの本名を公表したことはありません。

一般人であるため、名前や顔写真といった個人情報は非公開となっています。

志尊淳さんの姉は海外生活が長く、年齢差には5歳説と10歳説がありますが、いずれも公式発表ではないというのが現状です。

芸能活動に興味なし?テレビなし生活の実態

志尊淳さんのお姉さんが話題になる最大の理由、それは弟の芸能活動にまったく興味がないということです。

バラエティ番組で志尊淳さんが「お姉ちゃんの家にはテレビがない」と明かしたことがあり、そもそもテレビを見る習慣がないんですね。

さらに驚くべきは、お姉さんから「あんた仕事何してるの?」と聞かれたエピソード。

志尊淳さんは2015年のデビュー以降、数々のドラマや映画に出演し、若手俳優として確固たる地位を築いています。

それにもかかわらず、お姉さんは弟の仕事内容を把握していなかったわけです。

……なかなかここまで我が道を行くお姉さんもいないですよね。

「テレビに出たことあるの?」と聞かれたこともあるそうで、志尊淳さんも苦笑するしかなかったのだとか。

ただ、これは仲が悪いからではなく、お姉さん自身がテレビのない生活を送っているためで、芸能情報に触れる機会そのものがないということなんです。

お姉さんは志尊淳さんの芸能活動に興味がないのではなく、そもそもテレビのない生活をしているため情報が入ってこない、というのが実態のようです。

覆面系ノイズを観た姉の辛口すぎる感想

そんなお姉さんが珍しく志尊淳さんの出演作品を見たことがあります。

それが2017年公開の映画「覆面系ノイズ」です。

この映画は志尊淳さんが中条あやみさんや小関裕太さんらと共演した青春ラブストーリーで、お姉さんが海外から日本に帰国したタイミングで鑑賞したそうです。

志尊淳さんとしては、普段まったく自分の作品を見てくれないお姉さんが映画を観てくれたこと自体が嬉しかったでしょう。

感想を聞くと、お姉さんは共演者については「中条あやみちゃん可愛い」「小関裕太くんかっこいい」と褒めていたとのこと。

しかし、肝心の弟・志尊淳さんへの感想はというと……。

「あんた、唇青かった」

これだけです。

海辺のシーンで寒さのために唇が青くなっていたことだけが印象に残ったようで、演技の感想は一切なし。

志尊淳さんは「もうちょっと何かあるでしょ」と苦笑いしたそうです。

これは2017年の映画試写会でORICON NEWSのインタビューに答えた際に明かされたエピソードで、会場でも笑いが起きたそうですよ。

唯一観てくれた作品の感想が「唇が青かった」という、ある意味お姉さんらしすぎる辛口っぷりが光るエピソードです。

姉とのLINEが話題に!ドラマ名を「ブッチャケ」と勘違い

お姉さんの面白エピソードの中でも、特にSNSで大バズりしたのがドラマ「ムチャブリ!」を「ブッチャケ」と勘違いした事件です。

2022年3月14日、志尊淳さんは自身のTwitterで姉との会話を公開しました。

その内容はこうです。

姉:「友達が淳のドラマめっちゃはまってるらしいよ〜」

志尊淳:「ありがたい」

姉:「なんだっけー、タイトル、えーっと、あ! ブッチャケ!!」

志尊淳:「ムチャブリだよ!!」

当時、志尊淳さんが出演していたのは日本テレビ系水曜ドラマ「ムチャブリ!わたしが社長になるなんて」でした。

タイトルを盛大に間違えただけでなく、お姉さんはさらに「こないだ一瞬見たよ、小さい男の子がお母さん誘拐されて泣いてた」と、実際のドラマの内容とはまったく異なるストーリーを語ったそうです。

これに対して志尊淳さんは「俺に興味ないとかそういうレベルでもない」「子供誘拐してブッチャケってどんなドラマやねん」とツッコミ。

その後、Instagramストーリーズで姉とのLINEのやり取りを公開すると、さらに笑撃の展開に。

「晒した」と報告する志尊淳さんに対し、お姉さんは「なんて読むの?笑」と「晒」の漢字が読めず。

さらにファンから「それは『真犯人フラグ』では?」と指摘されたことを伝えると、「みんな真犯人フラグって言ってるけど、なんか流行りのフレーズなの?」と、大人気ドラマの存在すら知らなかったのです。

志尊淳さんは「日テレの皆様。深くお詫び申し上げます」とユーモアたっぷりに謝罪し、ファンからは「面白すぎ」「仲良しでほっこりした」「お姉ちゃん可愛すぎる」と大きな反響が寄せられました。

ドラマ名の勘違いから始まった一連のやり取りは、志尊淳さんとお姉さんの仲の良さが伝わるほっこりエピソードとして語り継がれています。

おしゃれクリップで明かした姉との関係性

2025年5月25日放送の日本テレビ系「おしゃれクリップ」に出演した際、志尊淳さんは改めて姉との関係性について語りました。

番組の中で家族について話すコーナーがあり、志尊淳さんはお姉さんと一緒に歩くときには「腕をずっと組みながら歩いてく」と明かしたんです。

芸能活動にはまったく興味を示さないお姉さんですが、一緒にいるときは腕を組んで歩くというのは、姉弟の仲が本当に良い証拠ですよね。

……なんか、いいですよね。

テレビも見ない、ドラマ名も覚えない、感想は「唇が青い」だけ。

でも一緒にいるときはしっかり腕を組んで歩く。

この温度差が、志尊淳さんのお姉さんの最大の魅力なのかもしれません。

普段は弟の活動に無関心でも、会えば腕を組んで歩くという姉弟関係は、ファンにとっても微笑ましい関係性として注目されています。

志尊淳の姉まりを調べる人向けの関連情報

志尊淳さんのお姉さんについて調べている方は、家族構成や両親のことも気になっているのではないでしょうか。

ここからは、志尊淳さんの家族全体に関する情報をまとめていきます。

家族構成は母・兄・姉の母子家庭

志尊淳さんの家族構成は、母親、兄、姉、志尊淳さん本人、そして母方の祖母という構成です。

志尊淳さんが小学生の頃に両親が離婚しており、それ以降は母子家庭で育ちました。

お母さんが女手一つで3人の子供を育て上げたんですね。

志尊淳さんは3人兄弟の末っ子にあたります。

お兄さんもお姉さんも一般の方で、芸能活動はされていません。

名前や年齢、職業などは公表されていませんが、SNSなどで時折志尊淳さんが兄姉とのやり取りを公開しており、そのたびにファンを楽しませています。

離婚後は母方のおばあちゃんのサポートも受けながら生活していたそうで、志尊淳さんはおばあちゃんのことを「ちゃーちゃん」と呼んで慕っています。

実家は東京都足立区

志尊淳さんの実家は東京都足立区にあるとされています。

下町で家族に囲まれて育った志尊淳さん。

「今は恋人よりも、家族がいちばん」と語ったこともあり、家族への強い愛情がうかがえます。

兄弟3人の末っ子として育った生い立ち

志尊淳さんは3人兄弟の末っ子として育ちました。

幼少期はかなりやんちゃだったようで、保育園や小学校を脱走するのは日常茶飯事。

毎日のようにお母さんが学校に頭を下げに行っていたそうです。

これは両親の離婚による反発心が原因だったと、志尊淳さん自身が後に振り返っています。

小学校では野球を始め、大きな体になりたくてたくさん食べた結果、中学3年生のはじめには体重が72kgにまで増加

お母さんから「1kg痩せたら1,000円あげるよ」と言われ、お小遣い欲しさに2か月で18kgものダイエットに成功しています。

ダイエットコーラだけを飲みながら炎天下を走り続けるという過激な方法で、最終的に54kgまで落としたそうです。

あまりの変貌ぶりに、夏休み明けには友達から「脂肪吸引?整形?」と聞かれるほどだったとか。

このダイエットがきっかけで街でスカウトされるようになり、芸能界への道が開けたのですから、人生何がきっかけになるかわかりませんよね。

17歳で家出した壮絶な過去

15歳でデビューした志尊淳さんですが、芸能活動をめぐって家族との間にすれ違いが生じました。

家族は志尊淳さんの俳優活動を周囲に隠してほしいと考え、勉強との両立も求めていたそうです。

特にミュージカル「テニスの王子様」への出演が発表されると、お兄さんやお姉さんが周囲から「志尊って、あなたの弟?」と聞かれることが増え、ストレスを感じていたようです。

17歳のとき、志尊淳さんは覚悟を決めて家を出ました。

住民票まで移し、スーパーでアルバイトをしながら一人暮らしを始め、1年間家族との連絡を完全に絶ったのです。

1年後、お兄さんに呼び出されて実家を訪れると、号泣するお母さんの姿が。

それを見たお兄さんに「母親を心配させてどういうつもりか」と殴られ、「二度と戻ってくるな」と言われたそうです。

正直、読んでいて胸が痛くなるエピソードです。

その後、あるドラマで家族と対立するシーンを演じた際、リアルな自分の経験と重なり涙が止まらなくなった志尊淳さん。

そのシーンを見た家族から「あの時、淳はこんな気持ちだったのか」と連絡が来て、家出から2年ぶりに実家に戻ることができたのです。

兄の結婚

2017年6月1日、志尊淳さんはTwitterで兄の結婚を報告しました。

「僕の大事な実兄が結婚しました。優しくて頼もしくて素敵すぎる兄貴なので、ほんとに良い父になりそうです。姉も一人増えました。ほんとに嬉しい」とコメントしており、かつての確執を乗り越えた兄弟の絆がうかがえます。

やんちゃな幼少期から壮絶な家出を経て、ドラマの演技をきっかけに和解した志尊淳さんと家族の物語は、多くのファンの心を打っています。

母親はシングルマザーでダブルワーク

志尊淳さんのお母さんは、離婚後朝は清掃の仕事、夜は派遣の仕事というダブルワークで家計を支えていました。

24歳という若さで末っ子の志尊淳さんを出産していることから、20代半ばで3人の子供を抱えてシングルマザーになったことがわかります。

母方のおばあちゃんの協力を得ながらも、相当な苦労があったことは想像に難くありません。

志尊淳さんは2018年に「徹子の部屋」に出演した際、「お母さんが一生暮らせるお家を建ててあげたい」と目標を語っています。

17歳で家出した際には、お母さんを泣かせてしまったこともあったわけですが、今では家族を最も大切にする俳優として知られています。

母の日にはInstagramで即興ソングを歌ってお母さんへの感謝を伝えるなど、親孝行な一面も見せていますよ。

ちなみに、お母さんは佐藤健さんのファンだという情報もあり、息子の共演者のファンになるあたり、この家族はみんなどこか「我が道を行く」タイプなのかもしれませんね。

シングルマザーとしてダブルワークで3人の子供を育て上げたお母さんの存在が、今の志尊淳さんの原動力になっていることは間違いありません。

父親は宮崎光で立教大学の司祭

志尊淳さんの父親は宮崎光さんで、立教大学の司祭を務めている方だと言われています。

宮崎光さんは20年間にわたって町の教会で牧師を務めた後、2011年4月からは母校である立教大学に戻り、司祭として活動しています。

礼拝学(典礼学)を専門分野としており、日本聖公会聖歌集の編纂にも携わっているそうです。

高校時代は8ミリフィルムで自主映画を制作する映画少年だったという意外な一面もあり、映画監督を夢見ていた時期もあったとのこと。

息子の志尊淳さんが俳優の道に進んだのも、もしかするとこの血筋が関係しているのかもしれません。

志尊淳さんが小学生の時に離婚しているため、父子の関係についてはあまり多く語られていませんが、志尊淳さんがキリスト教系の聖学院中学・高校に進学していたことは、父方の信仰の影響があったのではないかと推測されています。

祖父は作曲家・宮崎尚志、祖母は中野慶子

志尊淳さんの父方の祖父は、CMソングや映画音楽を数多く手がけた著名な作曲家・宮崎尚志さんです。

広島カープの応援歌「それ行けカープ」の作曲者としても知られています。

2003年に亡くなっていますが、その功績を記念して制作されたCD『NAOSHISM』の製作ノートには、長男として宮崎光さん(司祭)の名前が記載されています。

そして祖母にあたるのが中野慶子さんで、NHKの子供番組「うたのおねえさん」を務めた方です。

一部では「初代うたのおねえさん」と紹介されることがありますが、正確には2代目にあたります(初代は眞理ヨシコさん)。

叔父はシンガーソングライター・宮崎歩

志尊淳さんの叔父にあたるのが、シンガーソングライターの宮崎歩さんです。

宮崎歩さんはアニメ「デジモンアドベンチャー」の挿入歌「brave heart」で知られるほか、嵐やKinKi Kidsなど旧ジャニーズ系グループに多数の楽曲を提供しています。

嵐の「ハダシの未来」は宮崎歩さんの作曲で、志尊淳さんが「VS嵐」に出演した際には、宮崎歩さんがTwitterで「VS嵐に甥が出演し」と喜びのコメントを投稿していました。

志尊淳さんの父方の家系は、祖父が作曲家、祖母がうたのおねえさん、叔父がシンガーソングライターという音楽一族であり、芸能界との縁は深いものがあります。

ハーフやフィリピン国籍の噂は本当か

志尊淳さんについてネットで検索すると、「ハーフ」「フィリピン」というキーワードが出てくることがあります。

この噂が広まった主な理由は以下のとおりです。

噂の原因 詳細
珍しい苗字 「志尊」という苗字がフィリピンの地名・苗字「SISON」と似ている
顔立ち 端正な顔立ちが「日本人離れしている」と言われた
英語力 英語が得意という情報から帰国子女説が浮上

しかし、志尊淳さんは日本国籍の純日本人です。

父親は宮崎光さんという日本人で、母親も日本人です。

「志尊」は珍しい苗字ではありますが、これは本名であり、フィリピンとは無関係です。

顔立ちの美しさは生まれ持ったものであって、ハーフだからということではありません。

志尊淳さんのハーフ説やフィリピン国籍説はデマであり、日本国籍の日本人であることは複数の情報源から確認できます。

志尊淳の姉まりのまとめ

  • 志尊淳は3人兄弟の末っ子で、姉と兄がいる
  • 姉との年齢差は5歳説と10歳説があり、公式発表はない
  • 姉は海外生活が長く、少なくとも2017年頃まで海外に住んでいた
  • 姉の家にはテレビがなく、志尊淳の芸能活動をほとんど知らない
  • 「あんた仕事何してるの?」と聞かれたことがある
  • 映画「覆面系ノイズ」を観た感想は「唇青かった」のみ
  • ドラマ「ムチャブリ」を「ブッチャケ」と勘違いしてSNSで大バズり
  • 志尊淳が日テレに「深くお詫び申し上げます」とユーモアで謝罪した
  • おしゃれクリップで「腕を組んで歩く」仲良し姉弟であることが判明
  • 両親は志尊淳が小学生の時に離婚し、母子家庭で育った
  • 母親は朝の清掃と夜の派遣のダブルワークで家計を支えた
  • 父親は宮崎光で立教大学の司祭を務めている
  • 祖父は作曲家の宮崎尚志、祖母はNHKうたのおねえさんの中野慶子
  • 叔父はシンガーソングライターの宮崎歩で嵐などに楽曲提供
  • ハーフやフィリピン国籍の噂はデマで、日本国籍の純日本人である

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)